第2話


次の日、私はすぐに行動を起こした。

配信者として活動するのではなく、公的機関でダンジョンを探検する冒険者になればいい。私はその場のノリと勢いで空白の多い履歴書を片手にダンジョンの受付へと向かった。


「28まで!?」


それはとても残酷で、簡単に再就職できない数字だった。

ダンジョンの受付嬢は私の大声に身をのけぞった後、深々と謝罪した。


「大変申し訳ありません。ダンジョン評議会では、冒険者規定第19条に基づき、冒険者活動申し込みの制限を28歳までとさせていただいております」


寝耳に水とはこういうことを言うのかもしれない。

初めて知ったが、冒険者になるには年齢制限があるらしい。


二十歳未満の冒険者免許の取得禁止はわかる。車の免許とかバイクの免許にも制限あるようなもんだし、お酒やたばこにも年齢制限がある。でも、そこから28歳からは返納制度があるなんて知らなかった。やっぱり、若い人にしか得られない特権なのだろうか。そんな、じゃあ私は......。


「じゃあ、事務は? 受付嬢とかは年齢制限ないでしょ?」


「まあ、そうなんですが......。3年以上の公務員事務経験がないと受付嬢は就職できません。そもそも、現在受付嬢の求人応募はありません。申し訳ございません」


詰んだ......。今29だから、もう数か月と立たないうちに公務員試験の年齢制限になってしまう。てことはもう、年齢制限のない配信業に戻るしかない......。


「わかりました......。じゃあ、配信で中入りたいんですけど」


「所属の方は?」


「フリーです」


受付嬢は少し不安そうな目つきでこちらを見た。

それもそうだ。フリーでダンジョン配信は一番危険な行為とされている。

配信で他人に見られているとはいえ、死亡した場合のリスクが大きい。

事務所に入ってダンジョン社会保険に加入してもらっている方が、評議会とやらも死後地獄までは恨んでこないのだろう。まあ知らんけど......。

受付嬢は私を少し憐れむような目で配信に必要なドローンについて聞き出す。


「かしこまりました。ドローンカメラはレンタルされますか?」


そうだった。事務所にカメラ押収......。いや、回収されたんだった。


「......はい。お願いします」


「では、通常のレンタルが1時間1万円になります。前払いで、5000円お支払いしていただきますと、配信準備時間として1時間のレンタル料が無料になりますがいかがしますか?」


「い、いち......。わかりました。現金5000円で支払います。後は、Dクレジットからの引き落としで」


私は探索者としての証であり、ダンジョン内のみでの金銭やりとりのできる【探索許可証】を渡した。彼女はそれを受け取ると、機械に通してこちらに帰してきた。その履歴に、事務所に所属していた履歴があったおかげか彼女の暗かった表情が少し緩んでいた。まあ、役得ってやつかな。


「ご利用ありがとうございます! それでは、よいダンジョンライフを!」


そう言って受付嬢は最敬礼のお辞儀をして私を見送る。私は、それに簡単に会釈しながら速足で装備屋へむかった。装備は全部事務所にもっていかれたからな......。

プライベートで来る気もなかったから当然予備なんて概念もないし、私はダンジョン限定ファッションやネタ装備に興味ないから現地調達するしかない。


「さて、なにがあるかしら......」


辺りを見渡すとダンジョンへと続く道の他に、ダンジョンでしか手に入らず、ダンジョンでしか使用できない代物が商店街のように並んでいる。

私は気にせず装備品店に向かうと、店頭にビキニアーマーがたたき売りに出されていた。それもそうだ。あれは忌み具だ。運営の遊び心で作られたであろう品物で、防御力が布の装備よりちょっと上くらい。


「今の財布に優しいのはこれだけど......」


通常に上下の装備品買い集めるよりも、これ一着で済むならかなりのいい値だ。

それでも、私は肌の露出は避けたい......。


「お客さん、お目が高いですね~。配信初心者にはおすすめですよ! なんてったってサムネのインパクト抜群ですからね!」


サムネといえど、胸の方の『サ胸』ってやつだろう。 ダンジョン配信サイト「Dストリーム」通称「Dスト」でも大手動画投稿サイトのようにサムネが命。それも相まって、昔胸の谷間をサムネにして、集客を図るという手段もあった。

再スタートするなら、これくらいのインパクトはあったほうが覚えやすいのかもしれない。そう思うと、段々こいつが再スタートするには安上がりな気がしてきた。

にしてもカラーバリエーションがピンクのみって、キツぅ~......。


 ......。ただ、30手前で配信しか仕事をしてこなかったんだ。普段なら絶対に言わないだろうダサくて恥ずかしい仕草を、名前も顔もしらない画面の向こう側に映してきた。それで、昔は恥ずかしさのあまり動画を休んで布団にくるまってた時期もあった。......今更なにを恥じる必要がある?


「......。じゃあ、それにしようかな?」


「ありがとうございます!」


そういうと、採寸が始まりすぐにぴったりの物が手配された。

運営の職人技に驚きながら、私はそのアーマーに袖を通す。

通す袖もないんだけど......。

周りの視線は気になるものの、装備屋の男性店員はアーマーを着た私を褒めてくれた。


「スタイル抜群でお似合いですよ! お姉さん!」


「ははは。ありがとう」


お兄さんの心地の良い見送りに軽く手を振りながら装備屋を後にした。

後は適当に短剣を見繕ってもらって、装備は整った。この時間、約40分ほど......。



「早くダンジョンに入って配信しないと、赤字になっちゃう......」


そうは言いつつも、自分のスマホで自撮りする。新たに再スタートするんだ。配信に向けた投稿を意識しつつ、私はポーズを決める。投稿した写真にはぽつぽつとハートマークがついていく。事務所の時と比べれば少ないが、話題になるなら今はなんでもいいと思ってしまっている自分がいる。加えて、反応が沢山もらえる状況に若干高揚している自分もいる。


「今日は地上の方へ行こうかな?」


ダンジョンの入り口からエレベーターに向かう最中も、私に視線が集中する。そら、時代遅れで破廉恥な装備着てるやつが歩いてたらびっくりするわな......。少し恥ずかしさを取り戻しつつも、私はエレベーターで50階へ向かう。

 このダンジョンの特性としては、地下・地上ともに100階層で、だれもがどこにでもエレベーターで行き来できる。つまり、攻略の順番は個人の技量次第ってわけだ。もちろん、階層が上がれば、もしくは下に行けば行くほど難易度は高くなる。だからほとんどの人は階層を飛ばさずに順番通りに攻略する。


「だからと言って、攻略済みの場所を進んでもつまらないだけだからなぁ......」 


さっき撮ったビキニアーマーの自撮りを改めて配信のサムネにして準備を始めているとすぐにエレベーターの扉が開いた。


「たしか、50階はちょうどいいくらいの画面映えするボスがいるし、ここから始めよう」


特典のドローンカメラの動作確認をしながらエレベーターを出た。50階層では数人の探検者たちがドローンを浮かべながら歩いているのがちらほらと見える。今となっては普通だけど、私のも他のもみんな自動操縦AIでドローンが動いてるだなんてすごいわよね......。


「みんな、やってんねぇ......。早速起動始めるか。 ドローンちゃんよろしくね」



ドローンを起動すると、ふわりと浮かんでカメラを起動し始めた。私はというと、軽く準備運動のためになんとなく歩いた先にいたスライムを蹴散らしていく。スライムのドロップアイテムは、大人のおもちゃ界隈で地味に高く売れるから馬鹿にならないんだよな......。


『アイテム回収よし! みんな~!! 配信見れてる? 音声大丈夫~?』


カメラは私の短く黒い髪と、いつも見ている可愛らしい顔を映しているが、コメントは今のところない。そうだ。配信者ネームも決めてないや。前の名前は使えないし......。チャンネル名もまだ「しおりんちゃんねる2」のままだし......。


「ダンジョンビキニアーマー配信無双......」


突如として、この名前が頭によぎった。なんだよ、このニンニク油マシマシみたいなラーメン売ってそうな名前は......。まあ、インパクト重視(なのか?)で行くしかないな。これで行こう。


『改めて、初めまして~! ダンジョンビキニアーマー配信無双と言います! よろしくお願いします。今回は、50階層ボスの竜王“ノートレス”に挑みます!』


コメントは読み上げ用の自動生成音声で読み上げられていった。前のコメント読み込み用のアーマーを装備するよりよっぽどやりやすい。彼らの話を聞いていると、その中には事務所時代の私を知っているような人も見受けられた。


【ふっくら】「あくしろ」

【ろうと】「もしかしてしおりんちゃんねるか? 懲りずにやってんね」

【ぶっち】「誰それ? 知らね......」

【酒バンバスピス】「しおりんじゃん」


コメントに返答しようとした瞬間、足音が聞こえてきた。

音の聞こえた方を向くと、そこにはアイドルのように派手な衣装を身に包んだ丸腰の女の子と、ゴーレムの大群がこちらに走ってくるように見えた。



「誰か、助けてーーーーーーーーーーーーー!!!」


彼女は遠くから私を見つけるなり、叫びだした。

彼女を私の背後に回らせて、私はゴーレムの大群めがけて炎の渦を想像しながら魔法を練った。


『やってやるわよ! ファイアーサイクロン!!』


魔法の呪文を唱えると、右腕のガントレットについてあった宝玉が光りだす。

その瞬間、右手から風の力が噴き出していく。力に少し押されて腕が曲がるのを、左手で必死に抑えながら狙いを定めていく。


『溶けろーーーーーーーーーー!!』


炎は螺旋のようになって舞いながらゴーレムに向かっていく。

ゴーレムは見事溶けていき、アイテム化していった。ゴーレムのアイテムは、さっき使った魔法を使うための宝玉だったはず......。


『お、レア宝玉ゲット~。あ、そうだ。さっきの子! 大丈夫だったかなぁ......』


後ろを振り向くと、その女の子がポニーテールを揺らして駆け寄ってきた。

あの顔、どこかで見た気がするんだけどな......。


「あの! ありがとう、ございま......。うわ」


女の子は私を見るなり、眉をひそめてきた。

え? 私、この子になんかした? むしろ助けたよね?

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