第7話

「どうだ!」

 会心の一撃だったのだろう、上気した様子で自らの攻撃を誇る大猫。小人たちやほかにいるのかもしれない小さな生き物にとって、致命の一撃であろうことは想像に難くない。

 しかし、今回それを受けたのは坊太郎。小人たちの20倍を超える体長を持つ、巨人であった。


「えーと… 、ありがとうございます?」

「な!?」

 目の前の巨人が何ら痛みを感じていないことに、大猫は驚愕の声を上げた。むしろ喜悦を感じているらしく、笑みさえ漏らしているのが大猫にとってはさらにショックだった。


(懐かしいなぁ、猫パンチなんていつぶりだろう!…撫でたら嫌がるかな?)

 坊太郎は懐かしさのあまり感情が高ぶり、大猫の方へ腕を広げてにじりよる。

 筋骨隆々たる大男が興奮して鼻息荒く猫に迫る様は、もはやそれだけで事案と言ってもよいものだ。

 対する大猫は「う~ん」と声を上げながら姿勢を低くし、瞳孔をさらに開いて坊太郎を見据えた。

(あ、これは飛びかかってくるな)

 友人タマも、興奮をすると同じ仕草で飛び掛かり噛み付いてくることがあったことを坊太郎は想起する。どれだけ懐いていても、やはり捕食者ハンターとしての本能が指揮される瞬間があるのだろう。

 噛まれたとしても多少肌が赤くなる程度で、坊太郎にとってはそれも愛しい友人とのスキンシップに過ぎなかったのではあるが。


 瞬間、坊太郎の呑気な思考を断つかのように大猫が飛びかかった。坊太郎の左二の腕に、勢いそのままに飛び付く。

 攻撃を予測していた坊太郎は、飛び付かれた瞬間右手で大猫の首根っこを素早く摘みあげた。左手は大猫のおしりを支えて、首だけに負荷が掛からないようにすることも忘れない。

「ッ…!は、はなせ…」

「おお、口を使わなくても話ができるんだ。どんな仕組みなの?」

 大猫がぶら下げられたままで坊太郎に抗議するが、先程の勢いはどこへやら、弱々しく気の抜けた声になっている。

 首根っこを摘まれると、身動きができなくなっておとなしくなるのは現実の猫と同じようだ。


「君に危害を加えるつもりはないよ。でも小人を襲うのは、同じ姿をしているものとして見逃せないし、少し大人しくしてほしい」

 そう言うと、坊太郎は体を胡坐に戻し大猫を膝に座らせ、顎の下を撫で始めた。

「大人しくだと?なめるでない、おれがこんなことで…」

 坊太郎は大猫の言葉を気に留めず、顎の下を撫で続ける。喉下から口先に向けて、あくまでも優しくスローなリズムで。

 全身がこわばっていた大猫の身体から、力が抜けてゆく。


 リラックスしてきたことを察した坊太郎は、顎下だけではなく耳の後ろや額を指先でマッサージしながら、背中を撫で始めた。

「ふぁぁ……。や、やめろぉ。おれは西の森を力ですべる…大いなるけものなんだぞ…」

 大猫の言葉は文字面こそ勇ましいが、明らかに房太郎のスキンシップにほだされつつあることがわかる調子であった。


「お、随分落ち着いてきたね。それじゃあここはどうだい」

 調子が出てきた坊太郎は背中を撫でていた手を止め、尻尾の根元…骨盤の辺りを手刀で軽くトントンとリズミカルに叩いた。すると叩くリズムに合わせ、大猫の尻尾が徐々に立っていく。

「ファッ!なんだこの感覚は!」

 驚きと恍惚の表情を浮かべる大猫。


 完全に、暴れる気はなくなったようだった。

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