第4話
意識を取り戻したとき、坊太郎はあたりがひどく明るいことに気付いた。
(朝まで眠ってしまったのか……え!?)
瞼をこすりつつあたりを見回すと、坊太郎の眼にありえない景色が映った。
よく刈り込まれた――ゴルフ場のフェアウェイのような――芝の草原。少し離れたところには、自分の背丈よりも若干高いくらいの木々が生えて木立になっているのがわかる。そして頭の上にあるはずの天井……は影も形もなく、抜けるような青空が広がっていた。
悲しみ疲れて家の座敷で眠ったと思ったら、いつの間にか草原で横になっていたという状況だ。
(これは、夢だな。明晰夢って言うんだったかな?)
常識ではありえない状況に、坊太郎はあっさりと結論を出した。
しばらくそのまま草原に座り込んでいたものの、目が覚める気配もないので、坊太郎は辺りを見回ってみることにした。夢の世界を自由に見て回るというのは、四半世紀の人生においても初めての経験であり、興味が湧いたのだ。
坊太郎は、とりあえず少し離れた所に見えた木立に向かう。
近くで見た木々は、やはり目測通り自分の背丈より少し高い程度ではあったが、不思議なことに気が付く。思いのほか、老成しているようなのだ。
この樹高であれば普通はまだ若木と言う段階であって、その肌は成長による皴が少なくみずみずしさに溢れているはずである。しかしこれらの木々の表面は巌のように荒れ、よくよく目を凝らせば苔むしてさえいるのだ。
サイズと見た目との乖離に違和感を覚えた坊太郎だったが、「まぁ夢だしそういう樹種なんだろう」と一人納得してそれ以上考えるのをやめた。
木立の中を進んで行くと、またあることに気付く。こういった木立にはつきものの、小鳥のさえずりや小動物の鳴き声が聞こえないのだ。そういえば羽虫の姿すら見えない。
坊太郎は足を止め、注意深く目と耳を澄ませた。
――チチチ
ほんのわずか、かすかに鳥の鳴き声らしきものが聞こえた気がする。しかしその音は、よく聞く小鳥のさえずりと比べるとあまりにか細い上に、妙に甲高かった。もしかすると、虫の音だったのかもしれない。視界の端に、虻か何かが群れて飛んでいくのが見えた気もする。
(…いやいや、これは夢だったな)
あまりの景色のリアルさに忘れがちな前提を、坊太郎は改めて思い起こした。
覚める気配がない夢を見つつ、木立を行く。すると次第に木々の間隔がまばらになっていった。
さらに進み、坊太郎は木々の無い平坦な土地に出た。
「おお、開けたなぁ。…うん?あれは…」
坊太郎の視線の先には、丸太を組んで立てたとおぼしきログハウス風の建物があった。周囲には似たような作りの建造物が、いくつも見える。
明らかに人の手による物を発見し、嬉しくなって小走りに建物まで近づく坊太郎だったが、またもすぐに異常なことに気がつく。
「え、小さい?」
建物は、一番大きなものでも膝下程度の高さしかなかったのだ。
坊太郎はしゃがみ込み、建物のミニチュアをよく観察してみた。すると作り自体は素朴なものの、非常によくできていることがわかった。
丸太同士の組み合わせには隙がなく、1本1本丁寧に皮も剥いである。屋根の部分は、木の板を並べて形作るだけではなく、丸太から剥いだであろう樹皮を何層にも葺いて、雨漏りを防ぐ工夫がなされていた。
「よくできてるなぁ、まるで昔爺ちゃんに連れていってもらったテーマパークみたいだ」
坊太郎が思い出したのは、世界各国の建造物をミニチュアで屋外に再現したテーマパークだ。まるで自分が巨人になって世界旅行をしているかのような感覚を味わえる、楽しい場所だった。
祖父との楽しい時間を思い出した直後に、坊太郎はまた暗い気持ちに囚われる。その祖父も、帰りを家で待ってくれていた友人たちももう居ないのだ――。
「くそっ、ダメだなこんなんじゃ!」
気を抜けば暗い思考に陥りがちな自らを励まし、坊太郎は目の前にある“工芸品”に意識を戻す。
「いや本当によくできてるな。この窓なんて、ガラスも入っているんじゃないか?」
坊太郎は細部までよく観察しようと、地面に這いつくばりログハウスの窓の中を覗き込む。ガラスは透明度が低く厚いようで、中の様子は歪んで見えた。そして、坊太郎は中に10cmほどの人形が数体あるのを見つけた。
「うわ、フィギュアまで入ってるんだ。凝ってるなぁ……」
人形と、坊太郎の目が合った。
そのとたん、目の合った人形が“糸が切れた”ように崩れ落ち、他の人形が慌てて支えるのが見えた。
「動いた!?」
倒れた一体を中心に庇いながら、恐怖の眼差しを坊太郎に向ける“それら”は、人形などではなかった。
明らかに感情を持つ生物であり、サイズは大きく異なるものの見る限り全く人間と変わらない姿をしていたのだ。
「……
未知のものを目の当たりにしたときの驚きと、それに伴う動悸。ある意味、頬を抓られるよりもよほど大きな衝撃を坊太郎は受けた。
それほどの衝撃を受けてなお――夢はまだ、覚めそうにない。
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