サークル勧誘 (6)
「二人グライナラ、ナントカナル、三人以上ダッタラ適当ナ理由ヲツケテ解散、トイウ感ジダッタンジャナイカシラ」
「こちらが二人だったとしても、それ以上の人間を用意すれば、各個撃破できるもんな」
「あのまま話を聞き続けていたら、そのうちに別のお仲間が合流してきたかもしれないよね……」
茉莉が自分の言葉に自分で「怖っ」と身を震わせる。
〈さくら〉がまた、ぱたぱたと両腕を振った。元気を出して、ということのようだ。
「ソレデネ、ドウシテ私ガ、彼女達ヲかるとダト思ッタカトイウトネ」
ヒカリ達の反応を確かめるように、〈さくら〉はそこで一旦言葉を切った。
「今月末ノ大祭ノタメニ、ぼでぃノ最終調整ト宣伝ヲ兼ネテ、ココ数日、コノ辺リニイルコトガ多カッタンダケド、サッキノ二人ヲ何度モ見カケテ、気ニナッテタノヨネ」
あの二人も、誰かが自分達に注意を向けていると知っていたら、勧誘場所を変えただろうに、まさか着ぐるみの中から監視されていたとは思ってもいなかったに違いない。
「ダッテ、一人デイル学生バカリニ声ヲカケテタシ、ちらしヲ全然持ッテイナカッタノヨ。サッキノ反応ヲ見テ、疑惑ハ確信ニ変ワッタワネ。次ニ見カケタラ、トッ捕マエテヤルワ」
フンスと鼻息も荒く、〈さくら〉が胸を張る。
「やっぱりな。チラシが無いのは変だと思ったんだ」
「証拠を残したくない、ってことよね、きっと」
「デモ! ちらしガ有ッタラ問題ナイ、ッテ訳ジャナイワヨ! 偽ノちらしヲ用意スルぱたーんダッテアルカラネ! 大学ノさいとノ『課外活動団体一覧』カ、学生会館使用者りすとヲ確認スルノヨ! ソレデモ分カラナカッタラ、学生課トカ大学ニ訊キに行クコト!」
ビシッと〈さくら〉に指さされ、ヒカリも茉里も揃って「は、はい」と姿勢を正した。
と、そこに。
「おーい! 原田ァ! どこ行ったー?」
学生会館の方角から、男子学生の声が響いてきた。
〈さくら〉が電流に打たれたかのようにビクッと震えた。
「はらだ?」
聞き覚えのある名前に、ヒカリの眉間に皺が寄る。それに気づいた茉莉が、「知ってる人なの?」と問いかける。
「原田、って、まさかあの時の……」
眉をひそめて呟くヒカリに、首をかしげる茉莉。
原田とやらを探し呼ばわるその声は、小さくなったり大きくなったりしながら根気よく続いている。
そして、遂に決定的な瞬間が訪れた。
「どこだ返事しろー! 原田ー! ていうか、〈さくら〉ー! 可動型〈さくら〉ー!」
ヒカリは勿論のこと、茉莉も驚いて〈さくら〉を振り返る。
バネに弾かれでもしたかのようにピンッと背筋を伸ばした〈さくら〉は、次に、測ったかのように腰をきっかり四十五度曲げて、見惚れんばかりに見事な最敬礼をした。
「すまん! すまなかった! 機械コンパの時は本当にすみませんでした!」
〈さくら〉の中の人、改め、原田は、ヒカリにとって聞き覚えのある、それでいて聞いたことのないほど真剣な声で、謝罪の言葉を吐き出した。
かつての原田の失礼な物言い、猫を助けた時の真摯な態度、ふざけているとしか思えない言動、裏声で話す着ぐるみの姿、そして、怪しい勧誘を警戒し、ヒカリ達のことを助けてくれた事実。そういったてんでばらばらな情景が、ヒカリの脳裏で渦を巻く。それらはみるみるうちに嵩を増し、溢れ出し、ヒカリを頭からさぶんと呑み込んだ。波が引いて、ヒカリの中にただ一つ残った感想は、
――機械工学科新刊コンパ、って、そう略すんだ。
オーバーフローした頭でぼんやりとピント外れなことを考えるヒカリの眼前、着ぐるみの原田は最敬礼を維持し続けている。
「何を言っても言い訳にしかならない。本当に失礼しました」
ようやっと着ぐるみは身を起こし、ヒカリを真正面から見つめた。
どんなにまじまじと見つめても、〈さくら〉の覗き窓がどこにあるのかヒカリにはわからなかった。
「ずっと謝りたいと思っていたんだが、君の名前も知らないし、それでそのまま他事に紛れてしまっていて……。こんな格好じゃなくて、きちんと面と向かって謝りたかったんだが……こいつ、脱ぐのに手間がかかるから……ていうか、一人では脱げないから……」
棒立ちになって、訥々と男声で喋る様子は、先ほどまでの〈さくら〉と同一人物――同一、人物?――とは思えない。
「その、なんだ、ちょっとここで待っててくれないか。あらためて謝罪をさせてほしい」
ここでようやく事態に感情が追いついたヒカリは、溜め息一つ、静かに首を横に振った。
「……もういいよ。確かに、腹が立ったていうか気分悪かったけれど、私も盗み聞きみたいなことをしてたわけだし」
「いや、そうは言っても、あれは不適切な発言だった。公の場にもかかわらず、仲間内のつもりで男子校のノリ全開にしてしまってた、俺の認識の甘さが全てだ」
切々たる声音が、彼の後悔をつぶさに伝えてくる。
ヒカリは何を言えばよいのかわからないまま、なんとなく彼の言葉を拾い上げた。
「男子校出身だったのか」
一瞬、ピクリと着ぐるみの肩が震えたかと思えば、大きな頭部がふらふらと僅かに揺らいだ。何故だろう、「しまった」という彼の声が聞こえてくるかのようだ。
「…………いや、共学だった。別に、失態をごまかそうとか情状酌量を引き出そうとしたわけではなく、もののたとえというか、つい、口からツルッと……」
――そういうとこだぞ。
本当に、そういうところが問題なのだ。真面目にしていればいいものを、どうして、こう、息をするように自然に軽口を叩いてしまうのか。ヒカリは心の底から残念に思う。
「別に、そこまで細かいことを言う気はないから。もういいよ」
「ありがとう! とりあえず着替えてくるから、ちょっと待っ」
原田がそこまで言ったところで、植栽の向こうから「おっ、そこか!」という声が聞こえた。
「原田ぁ、もみじ祭で着せ替えするやつ、執事とメイドで決定だぞ! けど、セクシー悩殺ミニスカメイドは却下だった。残念だったな!」
能天気な声とともに、男子学生が灌木の陰から飛び出してくる。新たな闖入者は、〈さくら〉が一人きりではないことに気づくや、「あ、え……、あの」とうろたえ始めた。
〈さくら〉の動きが、完全に止まった。
ヒカリは、頭の中が急速に冷えていくのを自覚した。
「セクシー……なんて?」
淡々とした口調で、ヒカリが問い質す。
問われた原田は、「いや、その」「あの、その」を何度か繰り返したのち、観念したように声を絞り出した。
「ええと、その、様式美というか……お約束というか……」
「『残念だったな』?」
「その場のノリと勢いというか……男子校の……いや、俺、実際に男子校にいたことはないんだけど……」
場が、面白いほどにどんどん温度を失っていく。
着ぐるみ姿の原田は、突き刺すようなヒカリのまなざしにも負けず、事態を収めようと必死で弁解を言い募った。
「あ、でも、着せ替えって、リアル人間の話じゃなくって、この可動型〈さくら〉と、もうすぐ完成する〈もみじ〉の話でね! だから……」
全てがどうでもよくなって、ヒカリは「失礼します」と原田に背を向けた。
茉莉の横を通り過ぎ、そのまま大股でこの場をあとにする。
「え、待って、ヒカリ! あ、先ほどはありがとうございました。助かりました!」
律儀に原田に礼を言ってから、茉莉もまたヒカリのあとを追って走り去っていく。
「……俺、なんかやっちゃいました……ね。すまん」
闖入を謝る男子学生の声が、木の葉擦れの音にかき消されていった……。
〈 了 〉
【参考】
大阪大学公式Youtubeチャンネル
学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その1:待伏ノ術編
https://youtu.be/gdNnCFlgQGU?si=smu1bm3pQq6cs2_k
学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その2:追付ノ術編
https://youtu.be/fl_AzglveAg?si=NodgzCKHdtnWJz28
学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その3:集団包囲の術編
https://youtu.be/YZRzy8GZpYk?si=ZcMCA1ieMyovDDMl
学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その4:サークル偽装ノ術編
https://youtu.be/GSQNfCCMowQ?si=oIuT_VAPovvQMPFK
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