サークル勧誘 (5)

 その瞬間、重い沈黙が周囲におりた。

 三回生にもなって〈さくら〉を知らないということはあり得るのだろうか、いや、ものすごく視界が狭い人間という可能性もなきにしもあらず、と、ヒカリと茉莉が視線を交わす横で、サトウが露骨に「しまった」という表情を浮かべている。

 スズキが青い顔で「え? 何?」とうろたえ始めた。

「もしかして、違う大学の人です……?」

 茉莉の質問を聞いて、自分が何か失敗をやらかしたのだと悟ったスズキが絶句する。代わりにサトウが、おろおろしながらも弁解を口にした。

「ええと、だから、他の大学とも交流してて……それで……」

「でも、さっきまで完全にスズキさんも『ここの学生です』って顔をしてましたよね」

「だって、説明が長くなると聞いてもらえないかなと思って……」

 そこで再び我を取り戻したスズキが、茉莉とサトウの会話に割り込んできた。

「そうなの。大事な話がきちんと伝わるように、余計な話は最小限にしておこうって言ってたのよね」

「そうそう」

 こいつらはいつまで茶番を続ける気なのだろうか。ヒカリも参戦しようと下腹に力を込めたところで、一足早く茉莉がきっぱりと引導を渡した。

「先輩がたのサークルに入るの、やめときます」

 堂々と揺るぎのない眼差しを向ける茉莉に、スズキもサトウも一瞬気圧される。一拍置いて、まずスズキが、茉莉のほうに噛みつかんばかりに身を乗り出した。

「どうして!?」

「色々とはっきりしないの、好きじゃないから」

 にべもない茉莉の返答を受けて、サトウが露骨に傷ついた表情を浮かべる。

「ごめんね、私、説明が下手で……。スズキさんのほうがこういうの上手だから、今日はわざわざ助けに来てもらっただけなのよ。変に誤解させてしまってごめんなさい。ここだとちょっと賑やかすぎるから、どこか場所を変えて詳しくお話ししない? お茶でもご馳走するから」

「遠慮します」

 茉莉の声は、どこまでも静かだった。淡々と、簡潔に、断り文句を口にするのみ。

「どうして?」

 しかしサトウも食い下がる。

「好きじゃないんで」

「どういうところが気になるの?」

 スズキもなかなか諦めない。

「なんか、こう、全体的に好きじゃないなーって思うんで」

「活動内容には興味があるんでしょ?」

「同じようなこと、他でもできると思うし」

「就職にも役立つし、すごくためになるよ」

「だとしても、好きだと思えるサークルに入りたいですし」

「何が気になるの?」

「いや、だから、なんとなく好きじゃない感じがするから」

 根比べは、茉莉のほうに軍配が上がった。

 スズキが無言でサトウを引っ張り立たせる。二人は腹立たしそうな眼差しをヒカリ達に投げつけると、何も言わずに立ち去っていった……。

 

 ぽこぽこと鈍い音を立てながら〈さくら〉が拍手をする。茉莉にヒカリに親指を立ててみせ、よくやった、とばかりに何度も頷く。

 やれやれと一息ついたヒカリは、朗笑半分苦笑半分で茉莉に向き直った。

「それにしてもさ、もうちょっと他の言い方もしたほうがよかったんじゃないか? 『好きじゃない』一辺倒で、駄々っ子かよ、ってツッコミ入れそうになったぞ」

「だって、余計な事を言ったら、のらりくらりと話が長くなりそうだったから……」

「そういうもんか?」

 ヒカリが首をかしげた、その時だ。二人のやりとりを落ち着かない様子で見守っていた〈さくら〉から、突然の調子っぱずれな声が飛び出した。

「ソウイウモノヨ!」

「しゃ、喋ったぁあ!」

 裏声といえばいいのだろうか、「音声を加工しています」という字幕を添えたくなるような濁りのある高い声で、着ぐるみの中の人が、いや、〈さくら〉が、話し始めた。

「強引ナ勧誘ヲスル連中ッテ、アア言エバコウ言ウまにゅあるヲ完璧ニ用意シテイルカラ、下手ニ断ル理由ヲ言ウト、ソレヲ取ッ掛カリニシテ、ドンドン食イ下ガッテクルノヨ。アナタノ対応ハ素晴ラシカッタワ!」

「ありがとうございます!」

 この状況に若干置いていかれそうになっているヒカリをよそに、茉莉は満面に笑みを浮かべて〈さくら〉に礼を言う。加えてまたしてもハイタッチ。

 ヒカリが無言でいると、茉莉があらためて先ほどのやりとりにおける自分の意図を解説してくれた。

「だって、あの人達、矛盾とかダブスタとかお構いなしに、その場しのぎに言い訳し始めてたでしょ。この先、何を言っても屁理屈こねてきそうだなーって思ったんだよね。特にスズキって名乗ったほうの人は、かなり口が上手うまそうだったから、ああこれは彼女に喋らせたら駄目だな、って思って、それでああいう対応を貫いたんよ」

「ソウナノヨ、アアイウ組織立ッタ連中ハ、勧誘ノ技術ガ確立シテルカラ、言イ負カソウ、ナンテ考エタラ相手ノ思ウツボヨ。対策バチバチノ勧誘ノぷろふぇっしょなるナノヨ。甘ク見テハ駄目ナノヨ」

「あー、確かに、『好きじゃない』って個人のお気持ち相手だと、屁理屈は使いようがないか……」

 具体的な理由は勧誘を断るにあたっての盾になるかもしれないが、同時に相手にとっての突破口にもなり得るのだ。それがひとたび潰されれば、勧誘に抗うのはうんと難しくなる。次々と新しい盾を探して持ち替えるぐらいなら、相手の土俵からさっさとおりてしまえばいい。

 ――ああ、それであの啓蒙動画では、最初の接触から突っぱねるよう教えてくれていたんだな。

「急いでいるんです」「結構です」と、それ以上の情報を相手に渡すことなく繰り返せば、つけ入られる隙はかなり少なくなる。茉莉がさっきおこなった方法も、それと同じなのだ。

「納得シテモラエテ、ヨカッタワ」

〈さくら〉が、じゃっ、とばかりに小走りで立ち去る――立ち去ろうとする。

 しかしヒカリは、一息早くその行く手にまわり込んだ。この際、今回の勧誘について気になった点を、可能な限り明らかにしたいと思ったのだ。

「ナ、ナニカシラ?」

「あなたは、私達を助けるためにわざわざこの場所にきてくれたんですよね? さっき『組織立った』って言ってましたが、あの人達はカルト関係だったんですか?」

「オ……オソラク、タブン、キット」

「後学のために、どうしてあの人達がカルトだと思ったのか、教えてもらえませんか」

 ヒカリに続けて茉莉もまた、「はいはい!」と〈さくら〉に向かって挙手をする。

「あ、それ、私も知りたいです! カルトの勧誘については、生協の説明会でも言われてたし、これでもそれなりに警戒してたつもりだったんですけど、『友達も一緒でいいですか?』って訊いたら『勿論』なんて言うから、油断しちゃったんですよね……」

「いざ会った時も、なんか、もっと大勢来てほしかった、っぽいことを言ってたもんな……」

 もっと早く気づけていたら、と凹む二人を慰めるように、〈さくら〉は両腕をぱたぱたと振った。

「大勢ニ来テホシカッタ、ッテ言ッタノハ『ハッタリ』ダッタンジャナイカシラ。友達ヲ連レテクル件モ、本当ハ嫌ダッタダロウケド、イイヨ、ッテ言ワナキャ来テクレナイ、ト思ッテ、仕方ナク承知シタンジャナイカシラ」

 なるほど確かに、スズキ何某なにがしのあの口の上手うまさを考えると、ハッタリだった可能性は充分にある、と二人は互いに頷いた。

「ぼっちがターゲット、っていう条件を意識しすぎたな……」

「実際、私が声をかけられたのも一人の時だったし、ワンチャン一人で来るかも、とも思われたのかも」

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