サークル勧誘 (4)

 一拍の間ののち、サトウがわたわたと両手を動かしながら応える。

「え、あ、チラシは、今ちょうど切らしてて……」

「無いんですか?」

「印刷するの、すっかり忘れてて……ああもう、私の馬鹿馬鹿! 昨日にスズキさんにも言われてたのに。すみません、スズキさん……」

「気にしないで。確認しなかった私も悪いから」

 凹むサトウの肩をぽんぽんと優しく叩いて、スズキが神妙な顔をヒカリ達に向けた。

「手際が悪くてごめんね。今回は口で説明させてくれるかしら」

 二人が何か言う前に、スズキは落ち着いた声で言葉を続ける。

「さっきも言った、社会人や他の大学の人と一緒に、定期的に勉強会をしてるのよ。それとは別に、留学生による英会話講座も開いてるわ。試しに一度、参加してみる?」

「いつあるんですか?」

 興味深そうに茉莉が尋ねると、スズキもサトウもパアッと満面に笑みを浮かべた。

「一番近い日は、明日ね。授業が終わったら迎えにいくわよ」

「わざわざ悪いですよ。直接行きますよー」

「あ、でも、ちょっと離れてるから……」

 思ってもいなかった言葉を聞いて、茉里もヒカリも思わず眉を寄せた。

「離れてる? もしかして、大学の外なんですか?」

「そうなの。だから、慣れるまでは私達と一緒に行きましょう」

 両手を合わせてにっこりとスズキが笑った、その直後、背後でガサリと木の葉擦れの音がしたかと思えば、何者かがテーブルの横に立った。

「さくらちゃん!?」

 茉莉が目を丸くして、突然現れた来訪者の名を呼ぶ。

 着ぐるみ〈さくら〉の丸っこい指が、まず上回生達を交互に指さして、それから大きな動作で自分の足元を指し示した。

「足?」

 ヒカリと茉莉の声がきれいに重なる。

〈さくら〉は、違う違う、とばかりに右手を振ってみせてから、もう一度、上回生二人に続けて自分の足元を指さす。

「地面?」

 と、ヒカリが答えるも、〈さくら〉の答えは同じく、違う違う。

「下?」

 これは茉莉。

 ――違う。

「土?」

 再度ヒカリ。

 ――違う違う。

「草?」

 今度は茉莉。

 ――違う違う違う。

 まどろっこしそうに身体を揺らした〈さくら〉は、次に両腕を大きく広げて、ぐるーっと周囲を指さして回る。

「このあたり?」

 ヒカリがそう言うや、〈さくら〉はなにやらひとしきり身悶えしたのち、腕を小刻みに震わしながらヒカリを指さした。どうやら、惜しい、と言いたいように見える。

「『このあたり』で惜しい、ということは、この広場のことか、それとも……」

 茉莉の呟きのあとを、ヒカリが引き取る。

「それとも、ここ、この大学、か?」

 正解! という声が聞こえてきそうなほど、〈さくら〉が軽やかに飛び跳ねる。それからあらためて上回生二人を指さして、不思議だなー、というふうに可愛らしく首をかしげた。

「この大学……、もしかして、勉強会をどうしてこの大学で行わないのか、って訊きたいのかな?」

 つられて首をかしげた茉莉に対して、〈さくら〉がぶんぶんと首を縦に振った。

 上回生二人は、着ぐるみ登場以来すっかり度肝を抜かれた様子で、二人手を取り合って硬直している。

 居住まいを正したヒカリは、先ほどの茉莉の質問をそっくりそのまま繰り返した。

「勉強会を、どうしてこの大学で行わないんですか?」

〈さくら〉は、いいぞー、と言わんばかりに全身で喜びを表現している。それを見ていた茉莉も、「そういえば……」と右手を口元にあてた。

「放課後……大学でも放課後っていうのかな……、まあいいや、放課後に空き教室を使うって言ってたサークルがあったよ。それなら、勉強会も同じように空き教室を借りて行えるんじゃないかなあ」

 ヒカリと茉莉と、二人で頷き合っていると、ようやくスズキが言葉を発した。

「残念だけど、他の大学の人が参加することもあって、そういうのは無理なのよ」

 その言葉が終わりきらないうちから、〈さくら〉が右手をブンブンと振り始めた。先ほどと同じ、違う違う、と。

「違う、ということは……」

「つまり、他大学の人がいても教室を使うことができる、ってこと……?」

 即座に〈さくら〉が、茉莉をビシッと指さす。駄目押しにサムズアップも決めて、正解、だ。

 次に〈さくら〉は両手を前に、何かを差し出すようなジェスチャーを見せた。続けてそそくさと立ち位置を変え、身体の向きも百八十度変えて、賞状を受けとるような動きをする。

「書類を出せば、使用許可が出る、と?」

 今度はヒカリが、正解、の指さしを受けた。「おおー」と感心する茉莉が、ハッと何かに気づいた様子で、「待って」と鞄に手を突っ込む。

 ほどなく、何枚ものサークルやクラブの勧誘チラシがテーブルの上に広げられた。

「ほら見て、これとか」

 茉莉がチラシの束から引っ張り出してきたのは、会話クラブのものだった。そこに記された文章を、指でなぞって皆に示す。

「来週、文学部一号館でお茶会をするって。語学専門学校の先生も来るらしいよ」

「なるほど。大学外の人間がいるからといって、教室の使用許可がおりないわけではない、と」

 そう言ってヒカリが茉莉を見やれば、強い視線が返ってくる。茉莉ともう一度大きく頷き合ってから、ヒカリは上回生二人をねめつけた。

「大学の施設を使わない、他の理由があるんですか?」

「え、いや、その」

 うろたえるサトウに一瞥をやって、スズキが、ふう、と息をつく。

「日程が変更になったり都合がつかなかったりすることが少なくなくて、外部の施設を使うほうが楽なのよね」

 そして、少しあきれたような表情を浮かべ、「まさか、こんな活動内容とは関係のないことに、引っかかりを感じる人がいるとは思わなかったわぁ」と肩をすくめる。

「どこで活動するかよりも、どういう活動をするか、が重要じゃないかしら。狭い場所にこだわっていないで、広い世界に飛び出していくのが、前途ある私達には必要だと思わない?」

 滔々と流れるように展開する弁舌は、落ち着いた声と柔らかな話し方で、聞いていて心地よくすらある。このまま話題が流れていきそうになった、その時、〈さくら〉がテーブルの上のチラシ達をトントンと指で叩いた。

「え? チラシ?」

 ジェスチャークイズ再開の予感に、真っ先に茉莉が飛びつく。

 それを待って〈さくら〉は、チラシと上回生達とを交互にビシバシ指さし始めた。

「『あんたらのチラシはどれだ』ってところかな?」

 正解、の指さしがヒカリに向けられる。

「あ、それが、今、チラシを切らしてるらしいんですよ」

「ていうか、普通、この時期にチラシを切らすか……?」

 眉を寄せる二人を前に、〈さくら〉がゆっくりと頭を縦に振った。いいところに気がついたな、とでも言いそうな尊大な態度だ。

「そんなことを言われても、切らしてしまったのは事実だから仕方がないでしょう」

「忘れた私が悪いんです……」

 そうこうしている間に〈さくら〉は、テーブルの上の適当なチラシを一枚取って裏返し、右手を軽く振って茉莉の注意を引いてから、チラシの裏に何か書くようなそぶりをし始めた。

「メモをとれ、ってこと?」

「そうだ、チラシを切らしているだけなら、内容を聞いてこっちで書きとればいいんだな」

「ていうか、もういっそ印刷前の原稿を見せてもらえばいいのでは?」

 ナイスアイデアが出たところで、ヒカリと茉莉は揃ってスズキを、サトウを見た。

 わなわなと口元を震わせたスズキが、〈さくら〉をキッと睨みつけた。

「ああもう! 私達は別に遊んでいるわけではないんで、関係ない人はどこかに行ってもらえます?」

〈さくら〉は両手で自分を指さして、次いでスズキを指さした。私もあなたに関係がある? 私はあなたに話がある? 私はあなたと遊んでいる? 幾つもの可能性を思い描いたヒカリだったが、当のスズキはどうやらこのジェスチャーを「煽り」だと受け止めたようだった。

「なんのイベントで大学に来ているのか知りませんが、早く自分の仕事に戻ったらどうですか!」

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