サークル勧誘 (3)

 向こうも仲間を連れてきたのか、とヒカリは知らず目を細めた。茉莉一人だけで来させなくて良かった、と内心で呟く。

 とはいえ、相手は二人ともどちらかというと地味めの、おとなしそうな人ではある。いざとなればヒカリの恫喝で優位をとることはできそうだし、茉莉もこう見えてはっきりとした物言いが得意なほうだ。万が一問題のある勧誘だったとしても、きっと難なく断れるだろう。そう思ってヒカリは少し肩の力を抜いた。

「来てくれてありがとう! 誰も来てくれなかったらどうしよう、って心配してたから、すごく嬉しい!」

 背が高いほうの学生が、両手を大きく広げて歓待してくれる。その横で背が低いほうの学生が、手を庇のようにした目陰まかげの下から周囲を見まわす。

「……今回は二人だけ、かしら」

 残念そうな声音を聞いて、背が高いほうの学生が苦笑を浮かべた。

「頑張って声をかけたんだけどね。娯楽系サークルなんかと違って、うちみたいな勉強系サークルは人を選ぶから仕方がないよ。むしろ、二人も来てくれたことに喜ばなきゃ」

「そうよねえ」

 二人は顔を見合わせて「ふふっ」と笑うと、朗らかな笑顔を茉莉とヒカリとに向けた。

「えーっと、とりあえず座ろっか」

「あっちの、日陰になってるところのほうがいいと思うんだけど……」

 背が低いほうの学生が、ここから少し離れた、木々が青々と葉を重ねているほうを指さす。クスノキの周囲のテーブルが木の根元を避けて置かれているせいで、今ヒカリ達が立っている場所は、木陰から若干はみ出てしまっているのだ。

「そうだね、日焼けしたくないし、あっちに行こう行こう!」

 二人の先導を受け、茉莉も「行こうよ」とヒカリを振り返る。

 ――これは、人の目を避けているのか?

 彼女達が向かう木陰は、おそらく学生会館からは死角になっている。とはいえ、今のところ彼女達を疑うべきポイントは、ただそれだけだ。茉莉の話を聞いた限り、個人情報を強引に要求してきたわけでもなければ、ぼっちの学生をターゲットにしているわけでもない。

 ――警戒しすぎかな。

 捻くれた自分には不釣り合いな、明るくて気のいい友人・茉莉。自分が彼女を守らなければ、という考えが思い上がりに近いものだとは、ヒカリも自覚している。それでも、これまでに彼女から貰った沢山のものを思えば、彼女の助けになれたら、と望まずにはいられなかった。そもそも、疑心暗鬼で眉間に皺を刻むのは、優しい茉莉には似合わない。

 よし、と気合いを入れ直して、ヒカリは茉莉のあとを追いかけた。

 

「あらためて、今日は来てくれてありがとうね。私達は『グローバル・ブリリアンス』っていう国際交流のサークルなんだ。私は、文学部二回生のサトウっていうの。今日はよろしくお願いします」

 植栽に囲まれたテーブルに腰を落ち着けたところで、背が高いほうの学生が自己紹介の口火を切った。続いて、サトウの横に座った背が低いほうの学生が会釈をする。

「私は三回生のスズキです。よろしくね」

 さすがに、こうなるとヒカリ達も名乗らないわけにはいかなかった。互いに顔を見合わせたのち、茉莉がまず所属と名を告げる。

「私は、経済学部の松山です。よろしくお願いします」

「工学部の雛方です。よろしくお願いします」

 工学部はかなり大所帯なため、自己紹介となると大抵は学科までの情報を求められることが多いのだが、ヒカリは敢えて学部だけを言うにとどめた。もっとも、相手が所属する文学部も裾野が広かったはずだから、お互いさまというものだ。

「二人とも新入生だよね」

 スズキと名乗ったほうがにっこりと話しかけてきた。

 茉莉が素直に「はい」と頷く。それに大きく頷き返してから、今度はサトウが話し始めた。

「私達のサークルでは、他の大学の人や既に社会で活躍している人とも積極的に交流をおこなってて、就職の時にも色々と役立つんだよ。メンバーの中には外国からの留学生もいて、英会話や外国の文化も学べちゃうから、すっごくお得なの!」

 そう語るサトウは、とても誇らしげだ。両手を大きく広げながら、ヒカリ達のほうへと身を乗り出してくる。

「これからの時代、グローバルな視点はどんどん重要になってくるから、狭い世界に閉じ籠っているのはよくないと思うわけよ。再生可能エネルギーとか、多様性とか、時代はどんどん進んでいくから、ぼんやりしてたら置いていかれちゃうもんね。せっかく受験勉強を頑張って大学生になったんだから、世の中のためになる人間になりたいと思わない?」

「ちょっと、ちょっと、気合いが入りすぎよ。そんなに前に乗り出したら、松山さんも雛方さんもびっくりするじゃない。落ち着いて」

 スズキにたしなめられて、サトウが首をすくめながらテヘッと舌を出す。こんなマンガみたいな仕草を実際にする人がいるんだな、と妙なところでヒカリは感心した。

「まぁ、それだけやりがいのあるサークルってことなんだけど」

 咳払い一つ、スズキがすまし顔を作る。そうして今度は、茉莉とヒカリに満面の笑みを向けた。

「二人とも、何かサークルには入るつもりなんでしょ?」

「あ、はい。そのほうが友達を作りやすいって聞くし」

「そうね。他にも、先輩から過去問とか要らなくなった教科書とかを貰えたり、履修の話とかテストの話とか色々教えてもらえたりするわよ。ホント助かるわよー」

 スズキの話を受けて、サトウも再び前のめりに口を開く。

「そうそう。ところで、もう履修登録した? 学部が違うから授業内容について細かいアドバイスはできないけど、入力ミスにはくれぐれも気をつけなきゃだよ。前期テストの成績が出て初めて『履修登録失敗してた!』って気づく、なんて悲劇もちょこちょこあるみたいだからね。あれはもう、気の毒としか言いようがないわー」

 サトウが語る話のあまりの恐ろしさに、ヒカリも茉莉もほぼ同時に背筋せすじを震わせた。高校でも選択科目を選ぶ場面はあったが、締め切りまで何度も先生が「まだ出ていないぞ」と教えてくれたし、書面で提出するから確認もし易かった。何より、選択する必要があるのが社会科や理科など数科目だけという高校時代と違い、大学のそれは段違いに数が多い。そして、必要な単位が取れていなければ研究室に所属することができず、四回生なのに三年生、なんて悲しい事態に陥ることになるのだ。

 若干青い顔をして、茉莉がサトウとスズキを交互に見る。

「あのぅ、サークルの先輩に経済学部の人はいますか?」

「いるけど、最近バイトが忙しいって言って、サークルにあまり出てこないのよ。お役に立てなくてごめんね」

 スズキが申し訳なさそうに眉を寄せた。それを見てサトウが、「でも!」とこぶしを握り締める。

「でも、遊んでばっかりのサークルよりも、ずっと有意義な大学生活を送れるのは保証するから!」

「そうよ。ひどいところじゃ、ただ女の子と仲良くなりたいだけ、なんてサークルもあるから気をつけないと。活動内容が遊びばっかりのところとか、ね」

「あー、まぁ、そういうの、ありますね……」

 ついヒカリが相槌を打つと、スズキが「あら」と眉を跳ね上げる。

「もしかして、そういうのに、もう出会ってしまった?」

「ええ、まあ、そこまで極端なやつではないとは思いますが……」

 数日前、「ボランティアに興味ない?」と話しかけてきたくせに、手渡されたチラシがさっぱり意味不明だったサークルがあったことを、ヒカリは思い出していた。

『この、花見、てのはなんですか』

『メンバーの親睦を深めるために、毎年やってるんだよね。もうかなり散っちゃってるけど、花より団子っていうし!』

『この、カラオケ定例会、てのは』

『ただ集まって話するだけじゃ、親睦だってそんなに深められないじゃない?』

『この、バーベキュー、て』

『ほら、皆で力を合わせてボランティア活動をするためにも、親睦を深めて……』

 ヒカリだって娯楽の重要性は理解している。仲間意識を高めるためにもモチベーションを引き出すためにも、「お楽しみ」は必要だ。だが、勧誘のチラシにそれしか書かれていないのは、いかがなものかと思わざるを得ない……。

「松山さんも雛方さんも可愛いから、そういう連中に絶対に狙われると思うよ。そういう意味でも、さっさとうちのサークルに入って、安全圏に身を置くのがおすすめだよ!」

 力説するサトウに、茉莉が「えっと」と息を継ぐ。

「それじゃあ、具体的にどういう活動をしているんですか?」

 茉莉の質問を受けて、ヒカリも小さく挙手をする。

「とりあえず、活動内容などを書いたチラシをもらえますか?」

 その刹那、得も言われぬ空気が上回生二人の間におりた。

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