サークル勧誘 (2)
「声をかけられて、って、変な連中じゃないのか?」
大学構内でカルトやネットワークビジネスの勧誘が行われることがあるので注意するように、という話は、生協主催の説明会で聞いていた。サークルを装って人間関係を構築し、被害者を少しずつ取り込んでいくそうで、気がついた時にはもう抜け出せない――いや、その時には抜け出そうなんて考えられなくなっているわけだから、気がつかないままカルトの価値観に染まってしまう――ことになるのだという。
「それは私もちょっと思った。だから個人情報は一切何も口に出さなかったんだけど、その人も『色々と怪しい団体が跋扈してるって聞くから、警戒して当然だよ』って笑ってたんよ。『そもそも初対面でいきなりID交換なんて、なかなかやらないよねえ』って」
説明会で紹介された他大学制作の啓蒙動画では、勧誘者がなんだかんだ理由をつけてメッセージアプリのアカウント交換を持ちかけていた。声をかけたその場で即勧誘、では獲物に逃げられてしまう可能性が高いから、連絡先を交換して日を改める、というふうにワンクッション置いて勧誘の成功率を上げようという作戦らしいが、それでもやはり強引さは否めない。
「で、明後日――今日ね――の三コマ(三時限)が空いているなら、学生会館前のクスノキの所に来てくれたらサークルの説明をするよ、って言われて。『友達と一緒でもいいですか?』って訊いたら『勿論よ!』って言ってたから、怪しくないんじゃないかなあ」
そしてその啓蒙動画によれば、カルトの勧誘はターゲットが一人の時を狙ってくるということだった。なるほどそれなら大丈夫か、と、ヒカリは警戒を一段階だけ下げることにする。
「けど、クスノキって。部室とかそういうのはないのか?」
「なんかね、部室がある建物は何年も前からもう満杯で、仕方なく学生会館の二階ホールを活動拠点として登録してるんだって。そういう大学公認のサークルは結構あるらしいよ」
「んじゃ、そこで説明すればいいんじゃね? 二階ホールって、食堂の前の階段を上がった所だろ? ベンチとテーブルがたくさん並んでたぞ」
大学に入学して間もなく、お昼
「それがね、四月はどこのサークルも勧誘に必死で、ホールも結構混むんだって。それに、外のほうが明るくて気持ちいいから、って」
「ふうん」
まあ、
「で、そのサークルって、なんのサークルなんだ?」
「国際交流のサークルだって。関西の他の大学や、なんなら国外の大学とも繋がってて、海外からの留学生とかと交流して、文化の違いや英語を学ぶらしいよ」
「国際交流? そういうのに興味があるんだ?」
「英語力や知識を身につけたら、就職に有利ってのもあるけど、なにより世界が身近になるのがいいと思うの。そうなれば、アメリカだろうがどこだろうか、ちょっと海を隔てただけのお隣さんよ。四国と一緒よ」
鼻息荒く言いきって、そうして茉莉は得意げにヒカリを見た。一際強い眼差しで、ヒカリの目を覗き込む。
「選択肢は、多いほうがいいに決まってるでしょ?」
「……選択肢」
「そう。でもそれはあくまでも選択肢なわけよ。何を選ぶかは自分次第ってこと」
茉莉はそうにっこりと笑うと、「気楽に行こ!」と片目をつむった。
いつもそうだ。いつだって茉莉は、こうやってヒカリに手を差し伸べてくれる。高校の時から、もうずっと。ヒカリは胸の奥底がじんわりと温かくなるのを感じて、そっと目を伏せた。
「……茉莉は相変わらずウインク下手だな」
「今のは練習しているほうの目だから! 慣れてるこっちだったらきれいにキめられるから!」
ほら! ほら! と右目を閉じまくる茉莉を見つめながら、ヒカリはゆっくりとおにぎりを口に運んだ。
食事を終えた二人は、一旦学生会館に戻った。そろそろ三コマ目が始まる時刻で、ガラス越しの食堂には空席が増えつつある。それを横目で見ながら階段脇に並ぶゴミ箱に昼食の包み紙を捨てた、その時。二人の足元に、ぬっ、と大きな影が差した。
「あ、さくらちゃん!」
屈託のない茉莉の声を受け、着ぐるみが器用に可愛くぴょんと跳ねる。右手を上げた着ぐるみに合わせて茉莉もまた右手を上げ、二人――二人?――は見事なハイタッチを決めた。
ポカンと口をあけてあっけにとられていたヒカリは、なんとか我に返るや茉莉に「友達?」と尋ねた。
「ううん、違うよ。でも、キャストさんからハイタッチを求められたら、応えるのが作法だし」
大学に出没する着ぐるみも、夢の国のと同じ扱いでいいのか。ていうかさっきの動きはハイタッチを求めていたのか。瞬時に幾つものツッコミが頭に浮かぶが、ヒカリはかろうじて声に出すのを我慢する。
「昨日も見かけたけど、完成度高いなあ! もみじくんはいないの?」
茉莉に問われた着ぐるみは、両の手のひらを合わせると頬の横に添え、僅かに首をかしげてみせた。
「……『おやすみ』ってこと?」
大きく頷く三頭身の着ぐるみ。重そうな頭部の割りに、その動きは危なげない。
「さっき見た皆の反応を考えると、この着ぐるみ」「さくらちゃん」
即行で茉莉から訂正が入り、ヒカリは仕方なく言い直すことにした。
「さっき見た皆の反応を思い返すと、この〈さくら〉は、作られたばかり」「デビューしたばかり」「あ、うん、デビューしたばかりみたいだから、〈もみじ〉はまだ完成……デビューしてない、ってことだったりしてな」
ちょっと思いついただけのことを喋るというだけで、こんなに苦労したのは初めてかもしれない、とヒカリは溜め息をついた。黙っておけばよかったな、と思いながら着ぐる……〈さくら〉を見れば、なんと彼女はビシッとヒカリを指さしてから親指を立てた。どうやら、正解、だと言いたいようだ。
「あ、そうだ、さくらちゃん、写真撮っていい? 叔父さんに送ろーっと」
「おじさん?」
「うん。父方の叔父さんもここの卒業生でね、合格を報告した時に、『〈さくら〉と〈もみじ〉って大学祭のマスコットキャラがあってな、あれは学生時代に僕の友人がデザインしたやつなんだぞー』って自慢してたから、三次元になってるよ、って教えてあげようと思って」
「へぇー、思ったよりも歴史ある存在だったんだな」
「大先輩だよね。さくらパイセン!」
得意げに胸を張る〈さくら〉を何枚か写真に収めたところで、茉莉が「あ、そろそろ時間だ」とヒカリを振り返った。
「行こう、ヒカリ。さくらちゃん、ありがとうね!」
投げキッスめいた動きをする〈さくら〉に見送られながら、二人は学生会館を出た。
学生会館を出て、ちょうど真正面、広場のど真ん中にはシンボルツリーといわんばかりに一際大きなクスノキが植わっている。学生会館の二階ホールに並んでいたのと似たような、ベンチつきのテーブルが、木を取り囲むようにして幾つも置かれていて、ちょっとしたオープンカフェみたいだ。さっきはお昼ご飯を食べる学生で座席が埋まっていたが、三コマ目が始まった今は、ほぼ誰もいない。
その僅かに残っていた人影のうち、学生会館から見てクスノキの向こう側に座っていた二人組が、ヒカリと茉莉が木に近づくのを見て腰を上げた。茉莉よりも小柄な、ロングスカートの女子学生と、ヒカリよりも背の高い、だぼっとしたシルエットのズボンを穿いた女子学生だ。
「あの人達?」
「うん。背が高いほうの人が、一昨日私に声をかけてきた人だよ」
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