63話 海の悪魔

 俺が海の中に落ちると……そこには綺麗な光景が広がっていた。


 優雅に泳ぐ大きさ一メートルくらいのカツオみたいな生き物、岩肌に張り付く貝類、そして眼下にはゆらゆら揺れる海藻………なに!?


「ゴポォ!?」


 思わず、水の中で声が出てしまった!

 待て待て、落ち着け……あれが本当に海藻か確認しないと。

 えっと、食眼を使わないとか。

 まずは、カツオが気になるな。


 ◇


 ロケットガツオ


 海のロケットの異名を持つ魚。

 その体当たりは、生き物の骨を軽く砕く。

 刺身は美味だが、網も破るので捕まえるのは困難。


 ◇


 ……泳ぎを見てると、確かに速いな。

 あれを捕まえるのは難しい……何か作戦がいるか。

 ひとまず、今は海藻を優先しよう。

 俺は視線を切り替え、海の底にある海藻を眺めると……。


 ◇


 カツオ昆布


 獰猛な昆布で、ゆらゆら揺れて獲物を待ち構える。

 好物はロケットガツオで、寄ってきたところを捕食する。

 その出汁は絶品で、カツオと昆布の出汁を出す。

 近づくと触手のように襲ってくるので注意が必要。


 ◇


 ……こわっ!? 獰猛な昆布ってなんだ!?

 なるほど、そうなると人が取るのも難しいか。


「ゴポッ……」


 俺の息は……まだまだ持つな。

 水の中だが、動きもそこまで制限されなさそうだ。

 やはり、ステータスの恩恵は強いか。

 だが、このままでは船にいるアリアさんが心配するだろう。

 俺はひとまず、水面へと浮上することにした。


「ぷはぁ……」


「タツマ! 良かった! 無事だったか!」


 見上げると、船の手すりから身を取り出してるアリアさんがいた。

 どうやら、心配をかけてしまったらしい。


「ご心配をおかけしました! この通り問題ありません!」


「そうか! 今、ロープを下ろすから待っててくれ!」


「いえ! ちょっと待ってください! 今から海に潜って食材を取ってきます! どうせ、救助の船が来るのはまだですし!」


「な、なに? 海には危険な生き物が沢山いて……いや、キングオクトパスを倒せるタツマには愚問だったか……わかった、行ってこい」


 アリアさんは、何か全てを諦めたような表情だ。

 疑問に思いつつも腰にある壺から短槍を取り出し、潜水をしてカツオ昆布に近づく。

 すると、昆布の先が触手のように襲いかかってくる。


「ゴパァ!(喰らえ!)」


 俺はカウンター気味に槍を突き出す!


「ゴポォ!?(なに!?)」


 すると昆布は槍を避けて、俺の身体にまとわりついてくる!

 その力は中々で、俺を海の底へと引き攣り下ろそうとしてきた。

 ……なるほど、これは危険な生き物だ。

 海の中で拘束されては、どうしようもないだろう。


「……ガァ!(なめるなよ!!)」


 まとわりついてくる触手を掴み、強引に引きちぎる!

 驚いたのか、触手が離れていくので……そこを逃さないように槍を払う。

 すると俺の払った槍は、先端部分を切り取った。

 これ以上は危険だと判断し、俺は切り取った部分を持って浮上する。


「ぷはぁ……こ、こわっ」


「タツマ! よ、良かった……」


「アリアさん?」


「すぐにロープを下ろすからな!」


 俺を見送ったはずのアリアさんが、途轍もなく不安そうな表情を浮かべていた。

 何かあったのだろうか?

 ひとまず俺は、下がってきたロープをつかんで船とへ戻る。


「キャン!」


「まったく! 心配したぞ!」


「あれ? 潜るって確認しましたよね?」


 寄ってくるハクを撫でつつ、アリアさんを見る。

 すると、アリアさんが息を吐く。


「いや、そうなのだが……まあ、船員から話を聞いてな。なにやら、この辺の海の底には恐ろしい生き物がいるらしい」


「なるほど……そんな生き物がいるのですね」


「ああ……そいつは見た目はただの海藻に見えるのだが、実に恐ろしいとか。近づくと、いつの間にか触手のような先端に捕まり身動きが取れなくなる。そして、そのまま海へと引きずりこむとか。そして、ゆっくりと養分を吸い取っていく……通称、海の悪魔と呼ばれるらしい」


 ……その説明、どっかで聞いたことあるな。

 でも、俺が取ったのはカツオ昆布だしなぁ。


「ところで、タツマが持ってるものはなんだ?」


「えっ? ああ、海の底にあったんですよ。これが欲しくて潜ってました。こいつからは、いい出汁が出るんですよ」


 俺がカツオ昆布を掲げると、船員達が悲鳴をあげる。


「ひぃ!? あれは……」

「海の悪魔だ!」

「海に潜る者を根こそぎ殺すバケモノ!」


 ……どうやら、こいつが海の悪魔らしい。

 船員達は震え上がり、端っこの方に固まる。

 確かに、中々に手強かったが。


「はぁ……お前という奴は」


「えっと……すいません?」


「いや、いいんだ……心配するだけ損か」


「ワフッ!」


 アリアさんはため息をつき、ハクがアリアさんの足をポンと叩く。


 まるで『諦めよう』とでも言うように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る