61話 海を渡る男

……己の身体能力と、ハクを信じろ。


そして、アリアさんに負担がかからないように。


海に向けて走り出す俺の頭は、そのことだけでいっぱいになる。


「……ハク!」


「ワフッ!」


俺の声に応じ、肩に乗っかったハクが氷のブレスを放つ!

それは僅かだが海の表面を凍らせる。

俺はそれに向かって、地面を蹴って飛び上がる。


「む、無茶だ!? この高さと氷の薄さでは支えきれん!」


「平気です! 俺を信じてしっかり捕まってください!」


「っ〜!? わ、わかった!」


そう言い、さらにぎゅっと抱きつく。

当然、体にあちこち触れるし、良い匂いがするが……今は、その全てを抑え込む。

そして、足に全神経を集中させ……氷に着地をする。

すると氷は割れることなく、俺は軽くジャンプをして海を越えていく。


「よし成功だ! ハク! 次の氷を!」


「ワフッ!」


俺の道行先に、ハクが氷の道を作ってくれる。

俺はそれを利用して羽のように飛び、船がある方へ向かう。

ハクも慣れたのか、俺が声をかけずとも氷の道を作っていく。


「ど、どうなってる!? どうして、氷が割れてもいない!? あの薄さでは、どう考えても我々を支えきれないと思うのだが……」


「身体の使い方の一種で、軽功という名前の技です」


俺が今使っているのは、自分の体を軽くするという技だ。

正確には、着地の瞬間に衝撃を最小限に抑えるようにしている。

高いところから落ちても足音がしない人がいるが、それと似たようなことをしている。

おそらく、今の身体なら可能だと思った。


「ケイコウ? 魔法の技か?」


「いや、どちらかというと気功に近いです……そういえば、気ってあります?」


「ああ、あるぞ。我々は使えないが、竜人などは気を使うとか。確かに、竜人は海の上を走るとかいう逸話もある……それに近いということか」


「へぇ、今度ドランに聞いてみますか」


「いや、それは秘技だと聞いたことがある。そもそも、タツマは何故使えるのだ?」


「あぁー……親父さんに仕込まれたので。水に浮かべた葉っぱを渡る訓練とか。真冬にやって、死ぬかと思いましたよ」


あの時は失敗して真冬で死ぬかと思った。

ただ、その失敗から……どうにかして習得したんだ。

まったく、こんなところで役にたつなんてな。


「それは……中々の御仁だな」


「ええ、本当に」


「ワフッ!」


そうこう言っている間に、敵の全貌が見えてきた。

やはり、どこからどう見ても大きなタコである。

八本の足が船体へと絡みつき、今にも沈みそうになっていた。


「フシュュュ!」


「も、もうだめだぁぁ! 船を捨てて逃げろ!」


「馬鹿言うな! ここには荷物が!」


「命より大事なものなどない!」


「だが、海に飛び込んでも魔獣たちが……!」


どうやら、意見が割れているようだ。

だが、まだ死人は出てない様子。


「アリアさん! 飛びます! ハクもしっかり掴まってろ!」


「う、うむっ!」


「ワフッ!」


「ウォォォォォォ!」


最後の氷に着地をし、思い切りジャンプをする。

すると、俺の視界は船を下に捉えていた。

それも、ゆうに十メートルを超えるほどに。


「あっ、飛びすぎた……落ちますので気をつけて」


「ふぇ? ……えぇぇぇぇ!?」


「キャウーン!?」


「ウォォ!?」


俺の身体は重力に従い、地面に向かって落下する。

この位置からの軽功は無理……俺は逆に足に力を込めて——地面に着地する!


「っ〜!? し、痺れた……」


「ば、馬鹿者! 変な声が出てしまったではないか!」


そう言い、俺の胸をポカポカと叩いてくる。

こんな時だと言うのに、可愛らしいという感想が出てきた。


「す、すみません! 飛びすぎました!」


「ま、まったく、非常識な男だ……だが、おかげで間に合ったようだな」


「ええ、そうみたいですね」


「ワフッ!」


振り返ると、船員達がぽかんとしていた。

おそらく、状況を飲み込めていないのだろう。


「アリアさん、事情説明は任せます」


「ああ、邪魔だけはさせない」


「ハクもよくやってくれた。後は、お父さんに任せろ」


「キャン!」


俺はアリアさんとハクを下ろし、目の前の敵と向き合う。


さあ、貴様には——美味しいディナーになってもらおうか。

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