58話 食べ歩き
港町アクアリウムに着いた俺は、その空気と香りに感動する。
息を吸い込めば懐かしい磯の香りが、街の中は人が多く活気があって良い。
「おおっ、ここが港町か……活気がありますね」
「キャン!」
「ふふ、そうであろう? 私も来るのは久々だが、やはり活気があるのは良いものだな」
「ええ、本当に。見ているこっちが元気になってきますね」
祭りのように屋台が立ち並んでいて、食べながら人が歩いたりしていた。
大きな建物は西側に寄っていて、入り口付近にはないのも良い。
おかげで、ここからでも綺麗な地平線が見える。
「ワフッ!」
「おっと、ハクには退屈だったか。いや、腹が減ったのか?」
「キャン!」
尻尾を振って大袈裟に頷いている。
ハクには磯の香りよりも、焼ける香りの方が気になるらしい。
「ふふ、それで合っていそうだな。私もお腹が空いたことだ、食べ歩きでもしてみるか?」
「おっ、良いですね。ただ、王女様がそんなことして良いんですか?」
「むっ、私とてたまには羽を伸ばしたいさ。それに、今はただの町娘なのだぞ?」
「町娘……」
その立ち姿はプロポーションも相まって、とてもじゃないが町娘には見えない。
絶世の美女であり、スーパーモデルのようだ。
「な、何か文句でも?」
「いえ! 滅相もありません! それでは……エスコートさせて頂きます」
「う、うむ……任せよう。この人数では逸れたら大変なので、腕を組んでも良いだろうか?」
「え、ええ、もちろんです」
アリアさんが、俺の腕にそっと腕を絡める。
俺はカチコチに緊張しつつも、どうにか平静を装う。
「で、では、行きますか」
「う、うむ、そうしよう」
「ハク、お前も俺から離れるなよ?」
「キャン!」
すると嬉しそうに、俺の股下に潜り込んでくる。
俺はハクを踏まないように、大通りに向けて歩き出すのだった。
大通りは目移りするほどの屋台が並び、どれを食べるのか迷うくらいだった。
そんな中、おじさんが声をかけてくる。
「兄ちゃん! 1本どうだい!? そこの綺麗な彼女とワンちゃんにもな!」
「ワフッ!」
「か、か、彼女なんかではない!」
「……にいちゃん、頑張りな」
おじさんが、俺の肩を優しく叩く。
「……はい、ありがとうございます。ところで、これは……なんだろう?」
「マーマンの肉さ!油が乗ってて美味いぜ!」
「では、三本お願いします」
「へい! 毎度あり!」
串焼きを受け取った俺達は、食べながら歩くことにする。
「どれどれ……美味い。淡白な味だけど油が乗ってて、香ばしい醤油の味付けが絶妙だ」
「こんな風に食べ歩くなど滅多にしたことがないが……はむっ……これは食感が柔らかく、フワフワしていて美味しいな」
「キャン!キャン!」
「はいはい。ハクにもあげるから、待ってなさい」
串から肉を取り、手の上に乗せる。
すると、ハクが不思議そうに俺を見上げた。
最近は『待て』の訓練をするから、食べて良いのか迷っているのかもしれない。
「クゥン?」
「今日は待たなくていい。さあ、遠慮なく食べていいぞ」
「〜!? ……はぐはぐ」
「おっ、美味いか」
「ワフッ!」
その後も食べ歩きを続け、腹を満たしていく。
大通りを抜ける頃には、三人ともお腹いっぱいになってしまった。
ただ、抜けた先には……綺麗な景色が待っていた。
見渡す限りの地平線に青い海、晴れた日差しが心地よい。
「おお! 海だっ!」
「キャウン!」
「ふふ、そんなにはしゃいで……異世界には海はないのか?」
「いえ、あるにはあるんですよ。ただ、海なし県の人間だったもので……」
きっと、陸地に住む人ならわかってくれるはず。
海とは、我々にとっては特別なものだと……田舎の人よ、わかってくれるな?
「ふむ、そういうものなのか。確かに砂漠の国の者が来たら驚いたりはするな」
「まあ、そういう感じです」
絶対に違う気がするが、これを説明したところで理解できるとは思えない。
そもそも、俺自身も言語化は難しい……とにかく、田舎者は海に憧れがあるのだ。
「それにしても……お腹いっぱいだ。まったく、栄養も考えずに食べたのは初めてだな」
「たまには良いかと思いますよ。さて……俺は依頼を完遂してきますけど、アリアさんはどうします? 届けて報告するだけなので、すぐに終わりますけど」
「いや、私が付いて行っては印象も良くないし邪魔になるだろう。あそこにある海が見えるベンチがあるだろう? あそこで待ってるとするさ」
「しかし、お一人では危険では?」
「むっ……私だって子供じゃないんだ、自衛くらいできるぞ?」
「いや、わかってますけど……」
こんな美女が一人でいたら、ナンパされるに違いない。
今は町娘を装ってるわけだし、騒ぎにはしたくないだろうし。
「ガウッ!」
「おっ……ハク、お前が守ってくれるか?」
「ふふ、それは心強いな」
「ワフッ!」
その目はやる気に満ちていた。
自尊心を鍛えるためにも、良いかもしれない。
ここなら、そんなに危険なこともなさそうだし。
「よし、ではお前にアリアさんの護衛を命じよう」
「アオーン!」
「ハク、よろしく頼む」
俺はアリアさんにハクを任せて、急いで依頼人の元に行くのだった。
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