第36話 自分のしたいこと

 俺はそのまま、アリアさんの兵舎に向かう。


 するとタイミング良く、アリアさんとカレンさんが門の前に立っていた。


「……タツマか」


「こんにちは、アリアさん……どうして、怪訝な顔をするのですか?」


「いや、今度は何をやらかしたのかと思ってな」


「別に何も……いや、そうでもないか」


「全く、お主というやつは……それで、何をやらかした?」


「えっと、実は……」


 俺が先ほど起きた出来事を説明すると、アリアさんの表情が変わる。


「そうか……あそこに行ったのか。すまない、別に隠していたわけではないのだが」


「いえいえ、そもそも来たばかりですから。あまり悪いところを見せないのは当然かと」


「私も赴任して時間が経ったので、どうにかしたいとは思っているのだが……いかんせん、やることが多い……いや、言い訳だな。それで、タツマ殿はどうするのだ?」


「俺としては——


「な、なんだと? ……本気なのか?」


 そう、俺ができることなどたかが知れてる。

 しかし、料理屋を開けば少しは良い方向に向かうのではないかと思った。

 何より、俺が料理屋を開きたい最初の理由は……自分ように腹を空かせた方々に、腹一杯食べてもらいたいということを思い出した。

 餓死寸前だった俺を、親父さんが救ってくれたように。

 それこそが、俺の原点だったから。


「ええ、できるなら。ああいう場所で開くのが俺の願いです」


「そうか……正直言って、こちらとしては有難い。あそこなら、土地代も安いし場所もある」


「では、お願いできますか?」


「いや、こちらからお願いしたいくらいだ。良い機会だから、私も行動に移すとしよう。そうと決まれば……カレン、聞いてたな?」


「はい!願っても無いチャンスですね! それでは、すぐに手配をします!」


 そう言い、カレンさんが部屋から出て行く。

 何やら、やる気に満ちていた。


「えっと、何か?」


「あそこには獣人の子供達も沢山いるからな。何より、カレン自体が私が拾ってきたこともある」


「あっ、そうなんですね……立派です」


「いや、ただの偽善にすぎんさ。目の前に救える命があったから拾っただけだ……本当なら、全体を救わないといけないのに」


「それはそうかもしれないですが、偽善者でも良いかと個人的には思います。それで救われた人も確実にいるはず。それで文句を言うのは、いつだって本当の辛さを知らない人達かと」


 少なくとも、俺は親父さんに救われた。

 俺のような目に遭っている人はたくさんいただろう。

 しかし、人が出来ることには限りはある。

 個人的には、目の前の人達を救うことが全体を救うことになると思う。


「そう言ってくれると救われるな……感謝する。タツマ殿も、何かあるのか? いや、見ず知らずの土地に来たのに随分と感情移入していると思うが」


「ええ、俺も彼らと似たような生活をしていた時期があったので。そして、恩人に救われました。その方に恩を返したいと言ったら……だったら、自分と同じような環境の子に返してやれと」


「……ふふ、良き御仁だな」


「ええ、本当に。後、今日の夜にあそこで炊き出しをしたいのですが……」


 お腹を空かせている子達がたくさんいると言っていた。

 幸い、今なら大物が壺の中に控えている。

 アレをアレンジしつつ、提供できれば良い。


「なるほど……わかった、私の方で許可を得ておこう」


「ありがとうございます」


「いや、礼を言うのはこちらの方だ……さて、私の方でも準備をするとしよう。すぐに済むので、ここで待っててくれ」


「はい、よろしくお願いします」


 この異世界にきて、俺は料理をしたいと言った。


 しかし、その原点を忘れていた。


 俺は料理を通して、皆を笑顔にしたいのだと。


 自分が、親父さんにそうしてもらったように。



 ◇


 ……まったく、相変わらずビックリ箱のような男だ。


 都市一番の堅物と言われているドワーフのノイス殿に気に入られ……。


 終いには、私の友人でもあるエルフのカルラにも気に入られた。


 さらには、私の秘書であるカレンも気に入ってるだろう。


 短期間の間でそうなったのは、タツマに偏見の目というものがないからに違いない。


「……そして、私自身も」


 それはもう、疑いようのない事実だった。

 王女という立場と見た目もそうだが、剣を持って戦うということで偏見の目で見られてきた。

 しかし、タツマ殿はそんなことは一言も言わない。

 むしろ、私に強くなる方法を教えてくれるといった。


「稽古をした時も、本気で相手をしてくれた」


 もちろん、私の立場を知らないというのもあるだろう。

 しかし、本来は優しい男性だ。

 でも、私のことを気遣いつつも……私のために本気になってくれた。

 そのことが、物凄く嬉しい。


「アリア様」


「うん? ローレンスか、どうした?」


 さっきまで機嫌が良かったのに、一気に不機嫌になる。

 此奴は自分が偉く、他者を見下して良いと思っているから。

 生まれが良かろうと、そんなことは見下して良い理由にならない。


「随分とあの男に肩入れしますね?」


「それはそうさ。命を救ってもらったのだから」


「それだけですか?」


「な、何が言いたい?」


「……いえ、なんでもありません」


 そう言い、兵舎の外へと出て行く。


「……それだけか」


 いや、惹かれてはいるだろう。


「ただ、私はそういう経験がないしわからない……」


 一つ言えるのは、タツマ殿と一緒にいると安らぐのは確かだ。









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