第35話 スラム街

 その後、二人から軽く話しを聞く。


 どうやら、彼らはスラム街と言われる場所に住んでいるらしい。


 都市の中で食べていけない者や、はみ出し者などが生活している区域だと。


「そんな場所があるのか」


「ここから少しいったところに、その住処があるんだ。そこは隔離されていて、僕達みたいな親に見捨てられた子供もたくさんいる。ただ、スラム街にいる大人は怖いから、こうして平和に暮らしてる呑気な奴らから……その、物をとったりして……ごめんなさい」


「お、お兄ちゃんは悪くないもん! 私がお腹空いたってわがまま言ったから……」


「そうだな、それ自体は悪いことだ」


「う、うん……いろんな人に、みんなも苦しいから我慢しなさいって言われた。でも、お腹が減ってどうしようもなかったんだ……!」


 すると、二人が拳を握って俯く。

 わかっているけど、それ以外に方法がないくらい追い詰められてるってことだ。


「それでも、その人達が言うことが正しい。しかし、俺は


「へっ? な、何を言ってんだ?」


「どういうことですか?」


「いつだって、そういうことを言ってくる奴は……本当の苦しみを知らない。もし知っていていたら、そんな言葉は出てこない筈だ。少なくとも、俺はそんな綺麗事を言うつもりはない」


 本当に苦しい時、それは本人にしかわからない。

 いじめやパワハラも、されたことがない人が奇麗事を言う。

 俺も親父さんに拾われなかったら、何をしでかしていたか。

 もちろん、悪いことは悪い。

 ただ、その言葉だけで片付けられない問題はあると思う。


「……そんなこと言われたの初めてだ」


「う、うん……いつだって生まれが悪いとか、我慢しろとか」


「子供は生まれや環境を選べないしな。ただ、さっきも言ったが悪さをして良いってわけではないぞ? 正当な方法で、自分で稼げる方法を見つけることだ」


「獣人の子供を雇ってくれるところなんてないやい。俺達は魔力も持ってないから魔法も使えない役立たずだもん」


「でも、狩りになんて出たらすぐに死んじゃうし……」


 そういや、獣人は立場が弱いんだっけ?

 奴隷とまでは言わないが、中々に厳しい扱いらしい。


「なるほど、それに関しては悪いのは大人達だな。まずは、働ける場所を提供しないと……ところで、君達は幾つだ? よければ名前も教えてくれると助かる」


「俺は十五歳だ……カイル」


「わ、わたしは十一歳で、エルルっていいます」


「そうか……」


 二人の見た目からすると、二歳くらい下に見える。

 これは栄養が足りてない証拠だ。

 さて……関わったからには責任を取るのが俺の自論だ。


「な、なんだよ?」


「いや、十五歳なら冒険者登録ができるだろう?」


「で、できるけど、戦いなんて知らないし……登録するのにお金だってかかるじゃん」


「まずは、そこからか……とりあえず、君達が住んでるところに案内してくれるか? ここで話すのもなんだしな」


「ワフッ!」


「お、お兄ちゃん……」


「……わ、わかった。それじゃあ、ついてきてくれ」


 ハクと妹のエルルの説得が効いたのか、カイルが頷く。

 そして、案内の元ついていくと……次第に建物や人も減っていき、ボロい建物が立ち並ぶ場所にやってくる。

 寂れた空間で、イメージはシャッター街に近い。

 それは、俺が以前いた限界集落を思い出させた。


「これは……ここだけ別空間だな」


「なんか、都市開発をする前に人が住んでたとかで……今は都市の端っこの方にあって、土地代も安いから俺たちみたいのが住んでる場所だよ」


「だから、怖い人も多くて……その、腕や足がなかったり」


「なるほど……」


 確かに、浮浪者らしき人もちらほら見かける。

 路上に座り込み、生気のない瞳をした人達が。

 そんな光景を眺めつつ、彼らの住処に案内される。

 そこは家というより、寝るスペースがあるだけの、ただの小さな小屋だった。


「君達二人で生活を?」


「さっきも言ったけど、親がいないし……」


「あ、あの、別にお兄ちゃんも悪さばっかしてたわけじゃなくて……でも雑用とかするんだけど、全然もらえなくて」


「ごめんな、俺がもっと強かったりしたら……」


「う、ううん! わたしは平気っ!」


 その姿に、俺は思わず兄の方の頭を撫でる。

 ハクも何か思ったのか、妹の方の顔を舐めた。


「あははっ! くすぐったいよぉ〜!」


「ワフッ!」


「な、なんだよ!?」


「いや、よく妹を守ってきたな……偉いぞ」


 この子は、俺なんかよりよっぽど立派だ。

 逆境の中、妹を守るために必死に生きてきたに違いない。


「 だ、だって……妹を守るのは兄貴の役目で……」


「それでもだ。さて、大体の事情はわかった。それで、君達が良ければ俺が仕事を紹介しよう」


「えっ!? ……な、何をさせる気だよ?」


「いや、大したことじゃないさ。ただ、俺を信用するなら……俺も応えるとしよう」


 カイルの視線が、ハクと戯れている妹に向けられる。

 そして俺に視線を戻したとき、その顔つきは変わっていた。


「お、お願いします! なんでもしますからっ!」


「わかった。それじゃあ、話をつけてくるから待ってなさい」


「あ、ありがとう! あ、あの……少しお願いがあるんだ」


「ん? ……出来るかどうかわからないが言ってみるといい」


「じ、実は、俺たちみたいな孤児はたくさんいて……俺たちばかり良い目にあうのは嫌なんだ」


「……優しい子だな。わかった、夜にまた来るとしよう。その子たちにも伝えておいてくれ」


「は、はいっ!」


そして俺は立ち上がり、小屋から出て行こうとすると……妹さんが服の端を掴む。


「お、おじちゃん、行っちゃうの? わんちゃんも? 本当に戻って来るの?」


「おじ……」


「ガウッ!」


心にダメージを負っていると、ハクが俺に訴えかけた。

その顔は、自分がここに残ると言っていた。

確かに、一度人の優しさに触れると不安になる気持ちは痛いほどわかる。

もう、裏切られるのは辛いから。


「……わかった、お前に任せる。ハク、二人をよろしくな?」


「アオーン!」


ハクならそこらの輩には負けないし、テイマーのタグがあるから平気だろう。


俺はその場を任せ、すぐに行動を開始する。











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