第32話 兵舎にて

 ひとまず気持ちを切り替えて、アリアさんが待つ兵舎に向かうと……。


 門の前で、とある男性に出会う。


「貴様は……」


「あっ、こんばんは。確か、都市に入る時に会った人ですよね?」


 確か、ローレンスとか呼ばれていた気がする。

 俺とは違い、すっとした細身のイケメンタイプだ。

 ただ……俺を見る目が、全てを台無しにしているが。

 本人は我慢しているのだろうが、俺に対する視線の当たりが強い。

 俺は何か、気に触ることをしただろうか?


「ああ、そうだ。この隊を率いていたローレンスという。本来なら、伯爵家の者である俺が平民と口を利くことなどないのだが」


「……そうですか」


「それなら、さっさと行けばいいじゃない。邪魔なんだけど? 何をちんたらしてるのよ?」


「な、なっ——貴族の俺様に向かって……エルフごときがぁぁ……!」


 すると門の向こうの扉が開いて、アリアさん向かってくる。


「何をしている!」


「ちっ……あんまり調子にのるなよ」


 そう言い、アリアさんが来る前に立ち去っていく。


「タツマ! 平気か!?」


「ええ、俺は平気ですよ」


「ふん、相変わらず人族って変わってるわ。別に貴族だから偉いわけでもないのに。要は本人が何を成したかってことだし」


「すまん、彼奴は特権意識が強くてな。それより、一度戻ってきたのか? 話は聞いていたが、流石のタツマでも一日で倒すのは無理だろう」


「いえ、もう倒しました」


「……はっ? なんと言った?」


「コカトリスなら、きちんと倒したので平気ですよ。ギルドに行って、C級ハンターになる許可もおりましたし」


 その瞬間、アリアさんがぽかんとした表情になる。

 美人さんはどんな顔だろうと美人さんなのだなと、割とどうでも良いことを思った。

 ほんと、ずっと見ていたいくらい綺麗だ。


「ま、待て待て! コカトリスだぞ!? B級上位魔獣である手強い相手を……カルラの手助けなしで?」


「ええ、ほんとよ。私は何もしてないわ。まあ、驚くのは無理もないわね。そもそも、出だしからおかしいもの」


「それに、今回はコカトリスだけだったしな。今度は、もっと色々と見てみたいものだ」


「……はぁ、心配した私が馬鹿だったな」


「いえいえ、ありがとうございます。それで、ハクはどうしました?」


「今はカレンの膝で寝ているところだな……おっと、きたようだな」


「ワオーン!」


 アリアさんの言う通り、扉からハクが駆けてきた。

 そして胸に飛び込んできたハクを、優しく受け止める。


「ハク、ただいま。いうこと聞いて良い子にしてたか?」


「ワフッ!」


「いやはや、大変だったぞ。部屋に入ってから、ずっと窓の外を眺めてな。流石に、途中で疲れて寝てしまったが。あと、連れて行って欲しかったとカレンに言っていたそうだ」


「そうてすか……なら、もっと強くならないとだな。俺が守らなくてもいいくらいに」


「ガウッ!」


 その顔から甘えが消え、やる気のある顔になる。

 男子三日会わざれば刮目してみよ……いや、1日も経ってないか。

 だが、成長が早そうなのは事実だな。


「おっ、良い顔つきだ」


「ねえ、それより早くご飯にするわよ」


「それならば、うちの兵舎で食べて行くが良い。一応、そこそこの物は用意できる。そこで詳しい話を聞こうじゃないか」


「ありがとうございます。それでは、お世話になります」


 こうして俺たちは、アリアさんのご好意で夕飯を食べることに。

 食堂には兵士の方々がちらほらいて、列に並んでトレイを受け取り、自由な席で食べるスタイルのようだ。

 例えるなら、食堂に近いイメージだ。


「あれ? ここで食べるんですか?」


「ああ、なるべく兵士達と同じものを食べるようにしている。そうすれば、少しは身近に感じてくれるかと思ってな。いかんせん、私は近寄りがたいらしい」


「いえいえ、お話しやすいですよ」


「そ、そうか……」


 正直言って、あんまり女子女子してる女の子は苦手だ。

 アリアさんとか、カルラみたいな女性の方が個人的には話やすい。


「ほら、さっさと座るわよ」


「ええ、そうですね」


「うむ、そうしよう。メニューは決まっているが良いか?」


「はい、お願いします」


 並んで品を受け取り、席に着くが……前言を撤回します。

 四人席なのだが……周りに美女しかいない!

 というか、座ってると良い匂いがしてくるし!


「クゥン?」


「そうだっ! お前がいた!」


「ワフッ!」


 足元にいるハクをもみくちゃにして心を落ち着かせる。

 アブナイアブナイ、危うく冷や汗が出てくるところだった。


「何をしてるんだ?」


「ふふ、相変わらず変な男ねー」


「まあ、仕方ないかと」


「「何が?」」


「……いえ、なんでもありません」


 どうやら、カレンさんには見抜かれたらしい。

 ちなみにメニューは簡易的なスープにサラダ、シンプルに焼いた肉に黄色い米がある。

 エルフのカルラには、サラダとスープだけが置かれている。

 食べてみるが、どれもが素朴な味をしていた。


「すまんな、大したものじゃないが」


「いえいえ、頂けるものに贅沢は言いませんよ。それに、米があると知れたので」


「うむ。辺境では基本的にはパンが多いが、王都などでは食べられている食材だ」


「なるほど、道理で見かけなかったわけですね。ただ、これって白いものもあります?」


 そう、日本人の俺にとっては死活問題だ。

 パンも嫌いじゃないし、タイ米も悪くはない。

 しかし、それでも白米が食べたいのが日本人の性だろう。


「白い米……? すまん、聞いたことがないな」


「私は知ってるわよー。確か、遠い異国の地にあるとか」


「と、遠いのか……」


 そうなると入手するのは難しいか。

 今回手に入れたコカトリスを使って親子丼とか作りたかったが。

 まあ、タイ米でも合わないことはないか。


「そ、そんな顔をするな。私の方で探しておくから安心しろ」


「ありがとうございます! お礼はきちんとします!」


「そんなに良いものなのか?」


「ふふ、この世の終わりみたいな顔をしてたわよ?」


「それはそうですよ」


 異世界にきて不満があるとすれば、食事事情くらいだ。

 基本的に味が薄いというか、本来の味を出しきれてない。

 何より、特殊な素材も多いみたいだし。

 まあ、それでも良い方だとは思うけど。


「ふむ……タツマ殿の食事は美味しいし、本気で探させるか。カレン、すまないが……」


「ええ、わかってますよ。私も気になるますし。ところで、食べ終わりましたがどうしますか? アリア様、アレをお願いしたらどうです?」


「へっ? あ、ああ……だが、疲れているだろう?」


「いえ、俺なら平気ですよ。ただ、ハクは……」


「フスフス……ピスー……」


「「「「あらら」」」」


 四人で見ると、ハクはお腹いっぱいで寝てしまっていた。

 その姿に、みんなが笑顔になる。


「まあ、カレンさんが見てくれるなら平気です」


「わかりました。それではお預かりします」


「では、ついてきてくれ」


「私は帰るわ。タツマ、またねー」


「ああ、今日はありがとな」


「ううん、私も楽しかったし。それじゃあねー」


 そして楽しく食事をした後、アリアさんの後をついていくのだった。

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