第29話 対コカトリス

 俺が木の陰から出て行くと、すぐに相手が気づく。


「ケェェェ!!」


「っ!?」


 その甲高い声に、思わず耳鳴りがする。

 そして次の瞬間には、俺に向けて蛇の顔が迫っていた!


「シャァァァ!」


「ちっ!」


 人を丸呑み出来そうな口を咄嗟に右に避ける!

 更には俺が通り過ぎた跡には、コカトリスの爪が突き刺さっていた。


「二段攻撃か……避けていなかったら、危なかったな」


「ケェェ〜!」


「シャァァ!」


「なるほど、これは厄介だ」


 尻尾を注意してたら本体にやられる。

 本体を注意していたら、尻尾で隙を突かれるってことか。


「ケェェェェ!!」


「っ!? またこの声かっ!」


 耳鳴りがして集中力が乱される!

視界が揺れ、平衡感覚がなくなりそうだ。


「シャァァ!」


「ちっ、なめるなよっ!」


 再び迫ってくる蛇の口をしゃがんで避けて、左手でアッパーをお見舞いする。


「シャァァ!?」


「ケェェー!」


「うおっ!?」


 蛇を吹っ飛ばしたのは良かったが、再び爪が襲ってきた。

 集中力を乱されるし、攻撃を返すのも一苦労だ。


「ピシャァァァ!」


「次は毒のブレスか!」


 立ち直った蛇が、広範囲に及ぶ霧状のブレスを放ってくる!

 その範囲が広く、僅かに体にかかってしまう。


「くっ!? 動きが鈍く……しまっ」


「ケェェ!」


「ぐはっ!?」


 隙を突かれ爪を避けるのが遅れてしまう。

 何とか両腕を上げて防御はしたが、吹き飛ばされて木に激突する。

 心配したのか、カルラが側に寄ってきた。


「タツマ! 平気!? あの毒を食らったらしばらく動きが……あれ?」


「平気だ。少しフラフラしたが、もう治った」


「ど、どんな身体してるのよ? どんな人でも、あれを食らったら動けなくなるのが普通なのに……一体、何者なの?」


「それも含めて、あとで見せるとするさ。さて……いい加減ムカついてきたな」


 相手は余裕と見たのか、こちらの様子を伺っている。

 言っておくが、俺は基本的に負けず嫌いなんだよ。

それになんだか……楽しくなってきたな。


「笑ってるの?」


「……否定は出来ない」


「そうなのね……」


 俺の中には鬼がいる。

 虐待を受けたからなのか、元々の性質だったのかはわからない。

 ただ、抑えきれない衝動に駆られることはあった。

 極限状況やピンチになると楽しくなってしまう癖が、たまに破壊してしまいたくなる時が。

 前の世界でも感じていたが、こっちにきて熊に襲われた時に自覚をした。


「幻滅したか?」


「いえ、むしろ安心したわよ。ずっと良い人みたいな感じだったから。それだと疲れると思うし、完璧な人なんていないわ。とにかく、手を貸さなくて平気なのね?」


「ありがとう。ああ、やり方はわかった」


「それなら、大人しく見てるとするわ」


 カルラが木に登り、高みの見物を決め込む。

 俺は相手を睨みつけつつ、背中の大剣を抜く。


「ケェェェ……」


「そもそも倒すだけだったら、ここまで苦労はしないんだよ」


 俺はこいつを美味しく食べたい。

 害虫駆除扱いの依頼とはいえ、ただ殺すだけなど猟師として気が済まない。

 殺したなら出来るだけ食べる、それが親父さんからの教えだ。

 むやみに生き物を殺すのは、俺の流儀にも反する。


「シャァァ!!」


「まずは——その尻尾が邪魔だァァァ!」


 避けられないように剣を下段に構え逆袈裟斬りを放つ!

 斜めに放った剣尖は、相手が俺に噛み付くより早く首を分断した。

 蛇の顔はビチビチと動いた後、すぐに静かになる。


「ケェェェ!!」


「おっと!」


 怒り狂ったコカトリスが爪を振り下ろし、更には火を放ってくる!

 俺を殺そうと、相手は必死になって暴れまわる。


「確か、五分ほど暴れさせて毒を抜くんだったな」


「ちょっと!? 何で剣をしまうのよ! 尻尾を切ったらすぐに倒すのが鉄則よ!」


「大丈夫だっ! 俺に考えがある!」


 こいつを食べるためには、暴れさせる必要がある。

 俺は避けることだけに専念して、その時を待つことにした。

 火が頬をかすめ、爪が地面を抉っても……ただ、ひたすら待つ。

 そして奴の炎が止まり、動きが鈍くなる。


「ケェ、ケェ……」


「炎が切れたか……さて、そろそろか」


「ケ——ケェェェ!!!」


 最後の抵抗か、コカトリスが足の爪で襲ってくる!


「その時を待っていたっ!」


 大剣を背中から振り抜くようにして、爪に上段斬りを食らわせる!


「ケァァァァァ!?」


 爪が粉々に砕け、相手の頭の位置が下がる。


「悪く思うなよ——セァ!」


 そして頭を斬り裂く。

 すると、コカトリスがフラフラした後……地に伏せる。


「ゲァ……ア、ア、ア………」


「……よし、倒したな」


「タツマッ! すごいじゃない!」


「うおっ!? き、木から飛び降りるなよ!」


 その勢いのまま、俺の背中に抱きついている!

 いかん! 今はいかん!

 気が高ぶってる時は、あっちもまずいことになるし。


「えへへ〜いいじゃない。まさか、本当に一人で倒しちゃうなんてね。ふふ、タツマってば面白い男だわ」


「……はぁ、とにかく降りてくれ」


「わかったわよ……よっと」


 どうにか降りてくれたので、一安心である。

 こちとら経験がないのだから、配慮してほしいものだ。

 ……まあ、言ってない俺が悪いんだけど。


「これで、依頼は達成だな。後は、卵を持って帰るか」


「ええ、そうね。どうせ、ここに置いておいても食べられちゃうし」


「了解だ。それじゃあ、ささっと帰るとしよう」。


 俺は魔法のツボにコカトリスと卵を入れ、森を後にするのだった。

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