第10話 調理開始

話し合いを終えると、クルルーという可愛らしい音がなる。


……多分、アリアさんの腹の音かと思う。


「はぅぅ……! き、聞いたな?」


「い、いえ、何も聞いておりません!」


「キャン!」


「嘘だっ、絶対に聞かれた……仕方ないじゃないか、私はかれこれ何時間も食べてないのだから。お昼を取るまえに襲われ、そこから川に流されて今に至るし……」


「え、ええ、大丈夫です。別におかしなことはないですから」


男前な美人さんで見た目はクールな感じたけど、意外と可愛らしい部分もあるらしい。

そういや、年齢とか幾つなんだろ?

とりあえず、聞いてはいけないことくらいはわかるが。


「どうしたのだ? 何やら見られているが……」


「い、いえ、すみません」


すると、再びクルルーという音が鳴る。

みるみるうちに、アリアさんの耳が真っ赤になっていく。


「……ご、ご飯にしようっ!」


「そ、そうですねっ!」


「ワフッ!」


流石の俺もツッコミを入れることはない。

俺たちは立ち上がり、テントを出て行く。

すると、すでに日が暮れてきていた。


「おや? 話は終わりましたか?」


「ああ、ひとまずな。とりあえず、ご飯にしようという話になった」


「もう日が暮れますからね。どうします? 今から街に戻っては、遅くなってしまいます。それに、まだ怪我人達の体力も戻ってないですし」


「それなら、ここで一夜を過ごそう」


「しかし、ろくな食料も残ってませんし……何より、我々は料理が下手です。唯一出来た者は……今はいません」


「……そうだったな」


ふむふむ、ここで一夜を過ごすのか。

そして、料理をできる者がいない……いや、いなくなってしまったと。

そうか、ここはそういう世界なのだな……だとしても、俺のやることは変わらない。


「もしよろしければ、俺が作りましょうか?」


「何? それは助かるが……良いのだろうか?」


「ええ、これからお世話になりますから。それに、先ほども言いましたが料理は好きなので」


「うむ……では、悪いが頼むとしよう」


「ありがとうございます。ところで、何を作るのですか?」


そこだな……彼らは怪我をしていて、体力が減っているとか。

少し肌寒くなってきたし、ここは鍋なんか……あっ。


「さっきの熊をメインにしましょう」


「しかし、あれはお主が倒した獲物だろう?」


「良いんですよ、食事はみんなで分け合うものですから。もちろん、毎回というわけには行かないですけど」


「……ふふ、タツマ殿はいい男だ」


「あ、ありがとうございます」


良い歳だが、美人さんに言われると照れるな。

しかし、食事はみんなで食べた方が美味いのは事実だ。

一人でメシを食う寂しさは、誰よりも知っているつもりだ。


「それでは、解体作業は任せてください。我々獣人は、こういうのは得意なので」


「わかりました。では、俺はその間に森に少し入ってきますね。ちょっと、野菜や山菜を採ってきます」


「しかし、夜の森は危険……いや、森の主を倒せるお主には愚問だったか」


「ええ、おそらく平気です。ハク、手伝ってくれるか? お前の目なら暗くても見えるはずだ」


「ワフッ!」


「良い子だ、それでは行ってきます」


完全に日が暮れる前に終わらせるために、俺はハクと一緒に森の中を歩いていく。

そして常に食眼を発動させることで、ようやく使い方に慣れてきた。

オンとオフを切り替えて、森の中を歩いていく。


「フスフス……キャン!」


「おっ、何か発見したか?」


ハクについていくと、木にくっついている椎茸を発見する。



【醤油茸】


醤油と茸の出汁が出る。

焼いてよし、煮てよしと万能な食材。

鍋やうどんなどに最適。



……何? これは醤油と茸の両方が取れる食材なのか。


「なるほど、異世界ならではって感じだ。他にも、こういうのがあったりするのだろうか」


「キャン!」


「 おっ、次は何を発見した?」


ハクの足元に注目すると、何かが埋まっていた。

それを引き抜くと……。


「これは調べなくてもわかる、大根だ。よしよし、これがあるとでかいぞ。ハク、よくやった」


「ワフッ!」


その大根も調べるが、至って普通の大根だった。

どうやら、特殊な食材と普通の食材もあるらしい。

その後もネギや山菜などを採り、元のキャンプ地に戻る。

その頃には、完全に日が暮れていた。


「おっ、帰ってきたか。あまりに腹が減ってしまったぞ」


「では、すぐにお作りしますね」


「むっ? 自信がありそうだな?」


「ええ、それはもう……あっ、あれが解体された魔獣ですか?」


荷台の上には部位に分かれた肉が置いてある。

すると、カレンさんが駆け寄ってくる。


「ええ、あちらで全部になります。鍋やフライパン包丁などはあるので、後はよろしくお願いします」


「了解です。それじゃあ、ささっと作って行きましょう」


「私も見てて良いか?」


「ええ、退屈でなければ」


「では、私はハク君と遊んでますかね」


「ワフッ!」


「ええ、お願いします」


ハクをカレンさんに預け、アリアさんを伴い簡易キッチンに立つ。

火口は三箇所あり、これならいっぺんに調理が可能だ。

最優先である出汁を取るために、先に鍋に醤油茸を入れて水から火にかけておく。


「えっと……内臓系は全部、ハクにあげるとしますか」


「ああ、好きだろうな」


「やっぱり、そうなんですね。じゃあ、ロースやモモを使って鍋にしていきます……うん、臭みもなくて良い肉だ。これなら、そのままでもいけるな」


すでに湯は沸いていたので、そちらで大根を下ゆでする。

その間にフライパンに油をいて、薄くスライスした熊肉に軽く火を通していく。

すると、少し辛味のある香りがしてくる。


「んっ? これは普通の肉ではない?」


試しに一枚だけ食べてみると……。


「うまっ! というか……少し辛い?」


確かな肉の甘みの中に、ホットな辛さがあり、肉本来の旨味がより引き立っている。


「ああフレイムベアーだからな。奴は炎を蓄えていて、それが辛さに繋がっているとか」


「なるほど、そういうことですか」


「……それより、私にも一口くれないだろうか?」


「ええ、もちろんです。はい、どうぞ」


使ってない箸で肉を摘んで差し出す。


「へっ? ……ええいっ! ……旨いな。それに、何やらお得感がある」


「でしょ? つまみ食いは、料理人の特権ですから」


「そういうことか。しかし、いきなりアーンは驚いてしまったぞ?」


「あっ……すみません」


「ふふ、良いのだ。こうして良いものにありつけたしな」


こうして改めてアリアさんを見ると、とてつもない美人さんだと思う。

身長は百七十センチはあるだろうし、足も長くてスタイルも良いし。

いやはや、あの時に耐えた自分を褒めてやりたいよ。


「さて……そしたら下ゆでした大根と肉を合わせて、そこにさっきの醤油茸の出汁を加えて弱火で煮ていくと。あとは、仕上げにネギを入れれば完成ですね」


「ふむ……先ほど醤油茸を水から煮てたのはなぜだ?」


「この世界はどうかわかりませんが、基本的に出汁は水から煮た方が旨味があるんですよ」


「ほほう? そういう知識は、こちらにはないな」


「そうなんですね」


なるほど、先ほどの熊とか椎茸がある世界だ。

そのまま使えるため、料理の進歩はしてないのかもしれない。

そうなると、俺がこの世界に来た意義があるか。


「ここからどれくらいかかるのだ?」


「そうですね、一時間は灰汁を取りながら煮込みたいです」


「そうか。なら、その間にお礼を兼ねて色々と説明をしよう」


「ええ、お願いします」


俺は灰汁を取りつつも、アリアさんの話に耳を傾けるのだった。









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