第7話 行動開始

アリアと名乗る女性を抱えた俺は、ハクのところに戻る。


「ハク! 今すぐここを出るぞ! 俺についてこい!」


「ワフッ!」


「お、狼の従魔を従えているのか?」


「従わせる? いいえ、こいつは俺の家族です」


「……そうか、失言だった」


「いえ、その辺りも後で説明させてください。。さて、ここからどちらの方向ですか?」


「少し待ってくれ」


アリアさんはそう言い、辺りを見回す。

俺とハクは邪魔をしないように静かに待つ。


「この辺りは……この近くにクリーンニジマスがいなかったか? 後、私が目覚めるまでどれくらい経っている?」


「それなら、目の前の川にいましたね。大体、一時間くらいかと」


「それなら、そう遠くには流されていない……時間もそこまでは経ってないか。しかし、ここからだと大回りになってしまう。そうなると、彼らが無事でいるかどうか」


川を流れてたということは、おそらく上から落ちてきたのだろう。

山登りはしたことあるが、取っ掛かりがないのはキツイ。

ただ、別に登らなくても良い。

今の俺の体なら、相当速く走れるはずだ。


「とりあえず、方向さえわかれば平気です。俺がそこに送り届けますから」


「うむ、ここで時間を無駄にするわけにはいかないか。それでは、あっち方向に向けてお願いする」


「了解です。ハク、お前は俺の肩に乗れ。多分、置いていってしまう」


「ワフッ!」


「よし、振り落とされないようにしっかり掴まっておけ」


ハクが俺の肩に乗るのを確認したら、足に力を込め……走り出す!


「きゃっ!?」


「キャウン!」


「っ!?」


思いきり抱きつかれた際に、アリアさんの豊満な胸が当たる!

そして、さっきまでの光景が頭に浮かぶ。

なんかめちゃくちゃ匂いするし……ァァァ! 今はそれどころじゃないっての! 煩悩を振り払えぇぇぇ!!

俺は無我夢中で草原を走り抜けるのだった。





やはり、俺の身体は以前とはまるで違うらしい。


三十半ばを迎え、少しずつ衰え始めていたが……どれだけ走ろうとも、息が切れることはない。


そもそも、こんな速さで走れることがありえないが。


「す、すごいスピードだ……! 疲れないのか?」


「ワフッ!」


「ええ、今のところは平気です」


「まさか、こんな辺境にお主のような者が隠れていたとは……」


「はは……」


別に隠れていたわけではなくて、突然わけもわからない場所にいただけなんです。

そう、俺が見ず知らずの彼女を助けると決めたのは理由があった。

もちろん、普通に困ってる人を助けたいという気持ちはある。

ただ、ここで恩を売っておけば色々と俺の質問に答えてくれるのではないかと。

何より、人がいる場所に連れてってもらわないと。


「何か訳ありか……」


「そんなところです」


「まあ、良い……むっ! 見えたっ! あの森の中だっ!」


「了解です。このまま突っ込みますっ!」


アリアさんの指示に従い、森の中に突入する。

しかし、近くには人の気配は感じない。


「皆はどこだ? あまり大声を出しては敵に……」


「ワフッ!」


「ハク? ……よくやった、場所がわかるんだな?」


「キャン!」


「おおっ、さすがは狼系の魔獣だな」


ハクが俺の肩から降りて、先導をする。

その後を追っていくと……森を抜けてひらけた場所に出る。

そこでは何人かの人々が座っていた。


「あれは……よかった、生きていてくれたか……カレン! 私はここだっ!」


「……アリア様!? 良かった、生きておられたのですね!」


俺達に気づいた女性が駆け寄ってくる。

その女性からは、耳と尻尾から何かが生えていた。

違う種族もいると書いてあったが……これが異種族というやつか?


「ああ、この御仁のおかげでな。さあ、早くここから離脱するぞ」


「そうでしたか。どなたが存じませんが、ありがとうございました」


「いえいえ、たまたま見つけただけですから」


「……ガウッ!」


「ハク? どうし——」


「グォォォォォ!!」


「しまった! 気づかれましたか……!」


振り返ると、視線の先には体長三メートルを超える大型の熊が立っていた。

全身の皮膚は赤く燃え、その爪は鋭く人間などひとたまりもないだろう。

熊を狩ったことがある俺だが、あのサイズは見たことがない。


「あ、あいつだ。あいつに見つかってしまい、私は崖を飛ぶ羽目になった」


「なるほど……」


「ククーン……」


ハクが尻尾を丸めて怯えている。

その姿は、俺の小さい頃に思いださせる。

父親が来くると、俺はいつもそうしていた。

誰か助けてくれないかと願っていた……そして親父さんが救ってくれた。

ならば——俺も同じことをするべきだろう。


「……俺の息子を怯えさせてるんじゃねえっ!」


「くっ!?」


「ワフッ!?」


「グォ!? ……グォォォォォ!」


よし、これであいつの注意が俺に向く。

不思議と恐怖は感じない。


「ハク、俺から離れていろ。アリアさん、今のうちに怪我人たちを避難させてください」


「……ワフッ」


「し、しかし、あいつは強いぞ? 本来は、B級ランクの冒険者達が数名がかりで立ち向かう相手だ」


「平気です——


「な、なに? おい! ……仕方ない、ここは任せるとしよう。皆の者! 邪魔にならないように下がれ!」


虚勢でもなんでもなく、不思議とその言葉が出てきた。


俺は別に自信家でもホラ吹きでもない。


ただ単に、負ける気がしなかった。

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