第3話 犬ではなく狼
目をこすってみるが、その文字が消えることはない。
ほっぺをつねってみるが、同じく消えない。
どうやら、幻覚の類ではなさそうだ。
「これはなんだ? いや、今はそこじゃなくて……この文字を信用するなら、この水は飲めるってことか」
「ワフッ?」
水を飲み終えたハクが、不思議な顔をして俺を見上げる。
どうやら、ハクには見えていないみたいだ。
「とりあえず、飲んでみるか。どちらにしろ、三時間以上は水を飲んでいない。ここら辺も真夏とは言えないが、暖かい気温だし」
「ワフッ!」
「ハクと、あの文字を信用するか……よし」
俺は覚悟を決めて、川の水を飲む。
すると、まるで湧き水のようなずっしりした旨味のある水が入ってくる。
それは乾ききった喉に潤いをもたらす。
「ゴクン……かぁぁぁ! うめぇぇ!」
「キャウン!」
「ああ、生き返るな。よしよし、後は飯をどうするか」
「キャン!」
ハクの視線は、川の中にある一部分に向けらていた。
俺も視線を凝らしてみると……何やら、双眼鏡のようにズームされる。
「うおっ!? な、なんだ?」
「ワフッ?」
「い、いや、すまん。どれどれ……おっ、いるな」
そこには体長50センチくらいの、立派なニジマスらしき魚が泳いでいた。
しかし不思議なのは、十メートル以上離れているのにくっきりと見えることだ。
俺の目はマサイ族じゃあるまいし、視力はそこまで良くない。
「ククーン……」
「……そうだな、考えるのは後だな。まずは空腹どうにかしないと」
ハクも腹が減ってそうだし、俺自身も減ってる。
朝起きてから、昼過ぎになっても食べてない状態だ。
……無論、あの頃に比べたらなんてことはないが。
「しかし、どうやって取る? 今から釣竿を作るのは時間がかかるし道具もない」
「クゥン?」
ハクはまだ小さい。
人ではないとはいえ、こんな子がお腹を空かせて良いわけがない。
そんなことは、俺自身が許せない。
「ハク、待ってろ。お父さんがご飯を取ってくるからな」
「キャウン!」
名前をつけて拾ったなら、この子は俺の息子だ。
それが、親父さんにしてもらったこと。
そして俺は、親父さんに習ったように気配を消して川に近づく。
一呼吸をしたら、慎重に川に入っていく。
「……視線を向けるな……音も最小限に……何より、意を向けるな」
生き物とは音以上に、見られるという意識によって反応すると聞いた。
それを思い出しつつ……集中力を高め、意識的にゾーンに入る。
「……セァ!」
「!?」
気がついた時、俺は川の中に手を突っ込んで魚を払っていた。
振り返ると、ハクの近くで魚がビチビチとのたまわっている。
ついでに目を凝らして、魚に向けて意識すると……
◇
【クリーンニジマス】
人が飲めるような綺麗な川にしか生息できない魚。
臆病な性格で、近づくとすぐに逃げる。
その身はプリッとしていて、焼いたら抜群に美味い。
◇
「なるほど、こういう能力を得てるのか」
「キャンキャン!」
「それにしても……まさか成功するとは。いや、川で魚を手づかみする遊びはよくやってはいたけど」
親父さんには狩りをする基本として、気配を消すことや動きを予測して行動することを仕込まれた。
それに習い今回も気配を消しつつ、魚が逃げる方向に手を合わせた感じだ。
驚きつつも、まずは川から上がる。
「それにしても立派な魚だ、これなら二人分は足りるか。とりあえず、何をするにも食べてからだな」
「ワフッ!」
目をキラキラさせて尻尾を振り、俺の周りをぐるぐると回る。
多分『すごい!とかありがとう!』とか言ってる気がする。
まるで、俺が小さい頃親父さんに同じことをしてもらったように。
「ふふ、すごいだろ? さあ、準備をするから待っててな」
「キャン!」
「ん? ……何か手伝いたいって感じか。それなら、木の棒を集めてくれるか?」
「ワフッ!」
そういうと、近くにある漂流木に駆け出していく。
いやはや、本当に賢い子だ。
完全に、こっちの言葉を理解している。
「……そういや、さっき生き物を鑑定したな。ハクにもやってみるか」
さっきの感覚を思い出し、ハクをじっと見つめると……。
◇
【氷狼フェンリル】
神の使いとも言われる、南の大陸に住む雪山の覇者。
その氷は全てを凍らせ、ドラゴンの炎すら飲み込むと言われている。
生まれてすぐに自立を求められ親離れをするため生存率は低い。
ほとんどを孤独に過ごす孤高の存在。
◇
……犬じゃなくて狼だったのか。
そりゃ、賢いわけだ。
ただ、神とか覇者とか孤高とか……随分と大層な説明があること。
見た目は、ただの芝犬って感じなのだが。
◇
~ハク視点~
眼が覚めると、知らない場所にいた。
ふと隣を見ると、そこには同じように立ち尽くしている人がいた。
その姿を見たとき、僕の記憶が蘇る。
僕は前の世界でタツマさんに救われたんだ。
人間に捨てられて、雨の中で凍えているところを……暖かいミルクをくれて、精一杯お世話をしてくれた。
身体が弱っていたのか、半年くらいで死んじゃったけど……ずっと幸せだったのは覚えている。
でも、僕が死んで泣いてるタツマさんを見て僕は悲しくなった。
僕も、もっと一緒にいたかった。
どうして、もっと一緒にいてあげられなかったのかなって。
この人も、寂しいというのはわかってたから。
だから、神様にお願いをしたんだ。
もし生まれ変わったなら、タツマさんと一緒に居たいって。
きっと、その願いが叶ったんだ。
これからは、ずっと一緒にいられる。
その後タツマさんは、僕に新しい名前をつけてお父さんになってくれた。
そして、どうやら僕の身体は前とは違うらしい。
まだまだ弱くて小さいけど、いつかはパパの役に立って見せるからねっ!
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