第2話 料理人、知らない場所にくる

 待て待て……ここはどこだ?


 俺は確か、山の中にいて草原にはいなかった。


 いやそもそも、近くにこんな広い草原などない。


「……親父さんに教わったな。こういう時は、簡単なことから確認しろと」


 俺の名前は真田辰馬タツマ、年齢は三十五歳、身長百八十センチ体重七十キロの男。

 天涯孤独の身で、山奥で狩りをしながら飲食店を営んでいた。

 店を閉めることになり、最後に山の神さんに挨拶をして……そしたら知らない場所にいたと。


「いや、さっぱりわからん……これは参ったな」


 しかし、不思議と心は落ち着いている。

 普通なら、パニックになると思うが……もちろん、驚いてはいる。

 だが、喚き散らすほどではないと思ってる冷静な自分がいた。

 あまりにも非現実的過ぎて、実感がわかないのかもしれない。


「キャン!」


「へっ? ……犬?」


 いつの間にか、俺の足元には小さな白い犬がいた。

 まるで、最初からそこにいたかのように。


「お前、どっからきたんだ? というか、いつから?」


「ワフッ?」


「いや、首を傾げたいのは俺なんだが……まあ、いいか。とりあえず、ここにいても仕方ないから移動するか」


「キャン!」


「ん? ……付いてくるか?」


「ワフッ!」


 尻尾を振って嬉しそうにしている。

 近くに親がいる感じではないし、もしかしたら捨て子か?

 ……そうなると、放っておくわけにはいかない。


「んじゃ、おいで。とりあえず……腹減ったし喉が渇いてきたな。荷物の中には飯の類は入れてなかったし、水も空っぽになったばかりだ」


「ククーン……」


 どうやら、犬も同じ気持ちらしい。

 尻尾と耳が垂れ下がり、哀愁が漂っていた。

 随分と人間くさいというか、俺の言葉を理解してみたいだ。


「それじゃあ、まずは歩くとするかね」


「キャン!」


 俺は犬を伴って、草原を歩いていく。

 そして、改めて気づいた。

 見渡す限りの草原で、近くに山一つないことに。


「どう考えても、俺がいた場所じゃないな」


「キャン!」


 すると犬が、俺のズボンの端を掴んで何かを訴えている。

 その視線は、南の方を指しているようだ。


「もしかして、あっちに何かがあるのか?」


「ワフッ!」


「まあ、犬の嗅覚は鋭いっていうし信用してみるか」


 そして、犬が案内する方に向けて歩き出す。

 相変わらず足元をチョロチョロして可愛いらしい。


「しかし、いつまでも犬じゃあれだな」


「ワフッ?」


「いや、お前の名前さ。捨て子なのか迷子なのかわからないが……」


「キャン!」


 すると、俺の足元を尻尾を振ってぐるぐると回る。


「 もしかして、名前をつけて欲しいのか?」


「ワフッ!」


「随分と賢い犬だこと……名前か……ちょっとまってな」


 まずは抱っこをして確認をすると、男の子だった。


「ククーン……」


「ん? どうした? ……このまま抱っこで行くか?」


「キャウン!」


「はいはい、わかったよ」


 抱っこをしつつ、再び歩きながら名前について考える。

 白い犬、シロ、ユキ、ハク……これでいいか。


「よし、決めた。お前の名前はハクだ」


「ワフッ!」


「おっ、気に入ってくれたか」


 そして、次の瞬間……俺の耳に何かが聞こえる。

 耳をすませると、それは水が流れる音だった。


「おっ! これはっ!」


「キャウン!」


「ハクも気づいたか。んじゃ、走って行きますか——うぉぉぉ!?」


 軽く助走をつけて走り出すと、物凄いスピードが出る!


「な、なんだぁ!?」


「ワオーン!」


「いや『楽しい!』って顔をしてる場合かっ!」


 今の俺の時速は、最低でも六十キロは出ている!

 周りの景色が流れるのが、車に乗ってるような感じだからだ。


「そもそも……と、止まるってどうするんだ!? 足が止まらない!?」


「ワフッ?」


「……ァァァ! もういい! 考えるのは後だっ! めんどくせぇ!」


 俺はそのままのスピードで、草原を駆け抜ける。

 すると、ものの数分で大きな川へと到着した。

 走ることに慣れたのか、どうにかブレーキをかけることに成功する。


「と、止まれたか……なんだこれ? まるで、自分の体じゃないみたいだ」


「キャン!」


「……ああ、そうだな。まずは水分補給をしよう」


 ハクは俺からおりて、ピチャピチャと水を飲み始める。


「ハク、美味いか?」


「キャウン!」


「そうかそうか」


 多分、俺がパニックを起こしていない一つの要因はハクだろう。

 子犬で守るべき対象っていうのもあるが、一人じゃないっていうのは大きい。

 俺はよく知ってる……孤独とは、辛いものだから。


 「さて……流石に俺は、同じようには飲めない。しかし、手ぶらで道具類がないしなぁ。この川の水って生で飲めるのか……ん?」


 その時、俺の視界の端に何かが映った。


 ◇


[綺麗な川の水]


 綺麗な水で、そのままでも飲むことが可能。

 綺麗な水にしか住めない生き物もいる。


 ◇


 ……はっ? どういうことだ?





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