アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

おとら@四シリーズ商業化

一章 異世界転移

第1話 料理人、夢を諦める



 

 ……これで、この店もお終いか。


 たった今、シャッターを閉じた店の前で一人たたずむ。


「地元の商店街で代々続いた食堂も、俺の代で終わることになろうとは……ったく、死んだ親父さんに顔向けができないわな」


 言い訳になるかもしれないが、別に俺が店を潰したというわけではない。

 俺の住むところは、いわゆる限界集落というやつだ。

 人口も少ないしインフラ整備も疎かになっている。

 いずれは、消えゆく町ってことだ。


「それでも、頑張ってきたんだが……仕方がないか」


 お金や仕入れ問題もそうだが、何より人がいないんじゃ話にならない。

 昔は来てくれた人も、ほとんど亡くなってしまった。

 後は身内の元に引っ越したり、施設に入ったりしている。


「……さて、これからどうしたもんかね? とりあえず、予定通りに町に出るとするか」


 ここにいても、三十五歳になる働き盛りの俺が働けるような場所はない。

 そうなると、大きな土地に行くしかない。

 この歳になって再就職か……いい職があるといいのだが。


「さて、後は神さんに挨拶をしたらいくかな」


 車に乗って、町を出る前に山の神さんに挨拶に向かう。

 途中で車を降りたら、険しい山道を進んでいき、小さなお仏壇に手を合わせる。

 俺がイノシシなどを狩るときは、必ずここで挨拶をしてきた。

 死んだ親父さんが、それだけは欠かさずにやれと言ってたから。

 自分達は山の恵みのおかげで、店に出す食材を得ているのだと。


「山の神さん、今までお世話になりました。できれば料理人としてやっていきたかったですが、少し難しそうです」


 今から新しい店に就職して、自分のやりたい料理ができるまで何年もかかる。

 その頃には完全なおじさんになってしまうし、そもそも店のやり方が違うだろう。

 かといって、店を買うような大金はない。


「なので、何かしら他の職に就くかと思います……本当なら食べ歩きや、未知なる食材、

 色々な料理を作りたかったです。本当なら、世界中を旅とかしたかった」


 俺は実の親からネグレクトを受けていた。

 父からは暴力を受け、母からは見捨てられていた。

 食事を与えられず、常に飢えていた。

 遠い親戚のおじさんである親父さんに救われてなかったら、今頃はどうなっていたかわからない。

 そして、親父さんの料理に心も身体も救われた。

 それもあって食べること、人に食べさせることが好きになった。


「叶わぬ夢だな……さて、最後にお祈りしていこう」


 これまでの感謝を込めてお祈りをする。

 すると、何かの違和感を覚え……目を開ける。


「……ん? なんだ?」


 さっきまで晴れ渡っていたのに、いきなり霧が発生している。

 目を開けているのに、何も見えない。


「くそっ、どうなってやがる……おっ、晴れてきたか……へっ?」


 突然、霧が晴れたと思ったら——俺はいつの間か、見たこともない草原に立っていた。

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