【短編】灯は闇を切り裂く小さき者の声

さんがつ

【短編】灯は闇を切り裂く小さき者の声

「二度とこの地に入らぬように」

「落ち子のお前を育てた恩を仇で返すなよ」


そう言われ、生まれ育った森の村を吐き出された。


ガリガリに痩せた細い足で道なき道を歩く。

ボサボサの銀の髪からはみ出だした長い耳先が、森のざわめきを拾う。

ぎゅっと握りしめた手はまだ小さいな子供の手。


まだ年端も行かぬみすぼらしい少年は目的も無く、ただ森の中を真っ直ぐに歩くしか仕方が無かった。




*****




精霊の森と呼ばれるその深い奥底に、エルフの住む村がある。

エルフとは、この世界が神によって造られた時、神の降りる場を護るために遣わされたの人型の精霊だとか、精霊の守り人だとか言われている。


それ故に彼らは人と関わらない。

それでも極まれに森に入った迷い人と交わる時がある。

もしエルフと迷い人の間に子供が成せば、成した子供はエルフが「落ち子」として育てる場合もあるらしい。


けれど、それは噓だろう。

俺は村から吐き出されたのだ。


アレは人の目から隠れるように作られた小さな村だ。

迷い人にかどわされ、落ちたのがお前だと言われながら放置された。

気の狂ったエルフの母親は、最後まで俺の事が何者か分からないようだった。

あのエルフの女は俺を息子と分からずに儚くなった。吐き出されるほんの数日前の出来事だったと思う。


エルフの寿命は人のそれより長い。

流れる時間が違うし、人よりも丈夫に出来ている。

それでも母という者は亡くなってしまった。

母が生きている間はそれなりに庇護されていたと思うが、それが無くなると俺の居場所は無くなった。

だから当然のように村から吐き出されたのだ。


幼い俺は当てもなく、ただぼんやりと森の中を歩いた。気が付けばいつもの水場へ出ていた。水場から先に何があるのかも、俺には分からない。

何もする事がない俺は、とりあえず水を飲む事にした。

水面に映る俺の両目は大きな虚が並んでいるように見えた。


喉を潤した俺はその場にゴロンと横になり、そのまま天を仰いだ。

森の木々をぽっかりと切り抜いたような狭くて青い空を見ながら、俺はこのまま死ぬのかな?なんてぼんやりと考えていた。

それでもまだ死なない俺は仕方が無いのでその場で起き上がり、あても無く歩き出した。


気が付けば、深い森を抜けたようだ。

何も考えず、ただひたすらに真っすぐ歩いただけなのに、人の住む地へ無事にたどり着いた。

今になって思えば、エルフ特有の幸運スキルが上手く働いたのかも知れない。

そもそも俺は半分だけエルフの血が流れている。だから人とは違う恵まれた体力ある。いや、恵まれた身体。これが幸運スキルの賜物だったのかも知れない。


人の世に出た俺は、それしかないのだと、あても無くただひたすら前を向いて歩いていた。

そこで俺は旅人と出会う。

彼に連れられて人の住む村の教会で保護された。


彼らはエルフの事を神の遣いで精霊の守り人だと言った。

エルフと人の使う言葉は少し違う。それでも人の声をじっと聞いていれば、だいたいの意味は理解ができた。彼らは善良で、俺が言葉を発するまで待ってくれた。


やがて俺は大人の体になり、村から出て、あての無い旅に出た。

そして「鎮魂旅団」の一員と出会い、それからそこが俺の居場所となった。

人の世に「落ち子」として捨てられたのは、どうやら俺だけでは無かったらしい。

それにエルフの長い寿命が幸いしたのだろう。

鎮魂旅団の中に初めて同類と呼べる者が居て、俺は生きる存在として人の世に認められたような気がした。


いくらエルフが長寿といっても、寿命というものはやって来る。

気の良いおっさんだと思っていたその人は、やがて爺さんになってしまった。

思えば彼とは40年ほど一緒に過ごしただろうか。

人族がメインの旅団のメンバーは時折、人が入れ替わる。だから一番長く一緒に居れたのは彼だった。


「人の世に出て130年。長いようで短いな…」


そう言って笑った彼の顔は今でも覚えている。

そして彼の最期の言葉も覚えている。


「お前と出会えてよかったよ…」


そう言った彼の顔は穏やかそうだった。




*****




俺が人の世に関われたのは、俺が「鎮魂旅団」の一員になれたからだ。

そうだな。俺は人より長く生きているから、今では一番の古参で、主要メンバーになるのかな?


俺達はそれこそ世界中を旅をして、どの地にも止まる事無くいつも流れていた。

ギルドから依頼があればどこへでも行った。

団員になるやつは根無し草の奴が多い。気があえば共に旅をするし、離れればそれまでだ。それでも人は仲間を大切にする種族らしく、俺はよく人に構われた。

それは心地の良いものだったけれど、彼らとの流れる時間差を思えば心から寄り添う事は出来なかった。


同類の友人が亡くなって10年ほど経った頃。

フレデール地方の精霊の泉が枯れかけているとの依頼が入り、俺達はその地へ向かう事になった。

多分、精霊石が祭壇からズレたのだろう。地震や天災でそう言った事は起こる。


「泉が枯れていないなら、多分大丈夫ですよ」


ギルド長にそう伝え、俺達は泉の神殿へ向かった。

その場で難なく問題を解決した俺たちを待っていたのは、「持て成したい」と言う領主の申し出だった。


「持て成すとは、何のことだ?」


ギルド長にそう問えば、このフレデール地方は国の中で最も力のある公爵様が治める主要な領地らしい。

持て成しとは、その領主の娘が関わっているとの事。

少々お転婆なお嬢様は、冒険者の冒険譚に興味があるらしく、大きな仕事を成した者を公爵邸に招いては、話を聞きたがるそうだ。


「お貴族様の親バカな戯か。我儘もここまで通るとは世も末だな」


呆れ気味に嫌みを言って、ふかした煙草の煙を吐き出せば、まだ若いギルド長は苦い笑いを浮かべていた。

俺の気は進まなかったが、他の団員は面白そうだと言って、公爵の誘いに招かれる事になった。

まぁ。貴族の持て成しなんぞ、本来縁の無い話だ。

悪い話でも無さそうだし一度くらいは、いい経験になるか?

…なんてこの時は気楽にそんな事を考えていた。


招かれた場所に赴くと、そこは公爵家の別宅と聞いていたが、大層立派な城のような大きな建物だった。


「君たちが次の旅に出るまで自由に使ってもらって構わない」


そう言って屋敷の中を案内された時、住む世界のあまりの違いに、俺は冷や汗が止まらなかった。


平民の、冒険者の、旅の者。

そんな俺たちの話を面白そうに聞く小さな女の子。

貴族のお嬢様と初めて対峙した俺達は、最初こそ恐縮して丁寧に扱っていたが、知らぬ間に近所の子供へ聞かせるような口調になっていた。

そんな俺達の様子をとがめる事も無く、むしろホッとするような表情で当の領主様は俺達の様子を見ているようだった。


お転婆だと言われたお嬢様は、まだ5つか6つの子供だった。

お転婆とはいえ、流石は公爵家のご令嬢。小さいながらも、とんでもない躾の良い家庭の美少女だったのを覚えている。

しかも彼女は利発で、頭の回転も速かった。毎日、俺たち大人の話を真剣に聞いては、拙い文字で紙に書き留める。その上、逆に質問される事も多かった。

子供の体力を舐めていた俺たちは早々に白旗をあげたっけ。


それでもお嬢様の純粋な興味、熱心さを向けられれば、悪い気はしなかった。

変な話だが俺達は小さな少女との間に、信頼のような友情のような、妙な感情を抱いていたと思う。

結局俺達は、領主様の言葉に素直に甘え、次の目的地が決まるまで館に滞在した。

別邸の庭は広く、日々の鍛錬も満足に出来たし、不具合のある道具は新たに都合もしてくれた。


今になって思えば破格の待遇だった。

あの時のギルド長の苦笑いは、俺に対しての…だったのだな。

それでも別れの日はやって来る。俺達は、次の依頼が来たと言われ旅の道に戻る事にした。


「お家に帰るのですか?」


出発のその日、お嬢様は少しだけ寂しそうに、そう聞いてきた。


「いや、家はねえよ」

「帰るお家が無いのですか?」


その顔を見れば、戻る家が無い事が心配らしい。

素直な優しさに、思わず笑みが零れそうだ。

そうだな。俺には帰る家は無いな…。でもな、旅だけの道もそう悪くないんだぞ。

俺はお嬢様の頭をガシガシと撫でて言ってやった。


「だけどな、嬢ちゃんと違って、どこへでも行けるんだよ」


俺の言葉を聞いてポカンと口を開けるお嬢様。

そのあどけなさが可笑しくて、思わず声を出して笑ってしまった。


「あはは、じゃあな嬢ちゃん」


手をヒラヒラと振って、別れの挨拶と共に仲間と旅に出た。

まだ冬と呼ぶには早い季節。出発は夕方になってしまったけれど、どこかの街へ行くには十分な明るさだ。

また明日、また明日とせがまれて、随分と長い事居たかも知れない。

今日だって、もっと早い時間に出るつもりだったのにな。


「また会えますか~?」


可愛らしくも、しっかりとした声が背中から聞こえる。


「嬢ちゃんが来てくれたならな~」


再び手をヒラヒラと振りながら、一度も振り返らずにお嬢様と別れた。




*****




その後、例のお嬢様と再開したのは真っ暗な祠の中だったらしい。

らしい…と言うのは、出会った祠の中で彼女が誰か分からなかったからだ。


俺が祠の中の祭壇の間に閉じ込められたのは俺の確認ミスだ。

要は難なく依頼をこなせたのもあって、単に気が抜けていたのだ。

依頼をこなした帰り道、撤収の作業が済むと、俺達は祠から外に出るべき、一方通行の道を進む予定だった。

ところが俺の目の前で、出口用の扉が突然大きな音を立てて閉じたのだ。

あっけに取られて我に帰った時に、俺が列の一番最後で、俺だけが閉じ込められた事に気が付いた。


「はぁ、まいったな」


とは言え、だれも扉に挟まれずに済んだのは幸いだった。

もしかして俺の幸運のスキルが作用したのか?なんて思ったけれど、そもそも俺が幸運なら祠から簡単に出られるはず。

閉じ込められたという事は、とうとう自分のスキルが底をついたのだと開き直る事にした。


祭壇脇にある水路の水量を変えれば、ここから出れるだろう。

だけど魔法なんざ使えない。

どうしたもんかと思案するが、こんな時は闇雲に動かず、誰かが助けにくるのを待った方が良いい。


でもなぁ…。


(二度とこの地に入らぬように)

(落ち子のお前を育てた恩を仇で返すなよ)


そう言って蔑んだ、かつての同族の視線が脳裏に蘇る。

俺はエルフとも、人ともは違う。俺を探しに来る奴なんて本当にいるのだろうか?


村から出て40年。同類が亡くなってあれから10年。

俺は70年ほど生きたのか?なら、俺が人ならこんなもんかと、煙草に火をつけ、口に含んだ煙をゆっくりと吐き出す。

仕方が無い。俺はフードを被りマントに包まると、ゴロリと横になった。

掴みたい何かを抱えるように、俺は赤ん坊のように小さく丸まって静かに目を閉じた。


ポカリ!

頭への衝撃で目が覚める。

ポカポカと腹やら肩を殴られながら意識が覚醒してくる。


「ん…んぁぁ?あ~カルロか?」

「っ、お前なぁ…まぁ、無事で良かったわ…」

「デュナン、寝てるなら寝てると、そう言え!」

「はは、悪りぃ、悪りぃ」


眉間をぐりぐりと抑え、ゆっくりと目を開けると、暗闇に飛び込んだのは松明の灯り…では無く、その灯りに照らされた美少女だった。


―やっと会えたね…


仲間の喧騒の中、俺の耳はその小さな声を拾ったような気がした。




*****




無事に祠から生還を果たした俺は、仲間に連れらてれ宿に戻る事が出来た。

そして明けた翌日、とんでもない話を打ち明けられた。


「なんでこんなガキを入れないといけない?」


とんでもない話の翌日、前日に聞いた話の通り、祠で出会った美少女が俺達の目の前に座っている。まったく。冗談は他所でやってくれ。

俺は気が乗らないとばかりに煙草をふかす。

何て事は無い。どうやらこの美少女は「鎮魂旅団」のメンバーに入りたと言ってるそうだ。


「突然呼び出して済まない。ジャックから聞いた…入団希望って事で違いはないんだな?」


俺の隣に座る旅団のリーダーのカルロが彼女に話の内容を確認する。

その話に例の美少女はしっかりと「その通りです」と答えた。


宿にある食堂の端で座るのは俺と、鎮魂旅団のリーダのカルロ。その隣には副リーダーのジャック。

おっさん三人の前に座るのは、入団希望の美少女だ。

俺はこんな険悪な態度のおっさんを前に、よく堂々としていられるな…と、呆れ半分、感心半分だ。


それにしても…だ。

先日はゆっくりと顔を見る事は出来なかったが。

本当にこいつは美少女という言葉がぴったりだなと思う。

それに上手く隠しているつもりかもしれないが、注意して見れば所作が丁寧だったし、話し方も平民のそれでは無さそうだ。

そんな美少女を前に、俺は嫌がらせと称して煙草の煙を存分にふかしてみる。


「嬢ちゃ、ヴィヴィの職業は問題ない。…むしろ欲しくない奴はいないと思うが…?」

「確かにヴィヴィは勘も良いし、頭の回転も悪くない」


ジャックがそう切り出せば、カルロも擁護する。

何も答えない俺にしびれを切らしたのろう。


「デュナン、むしろ何が気に入らないだ?」


チッ…俺は心の中で舌を打つ。やっぱりこいつら気付いてねえな。

とは言え、俺だって貴族と会ったのは、例の公爵様だけだから仕方がないか。

こいつらの入団前の出来事だったし、そもそも旅の流れもの。貴族と出会う事なんて無いだろう。

そもそも冒険者が貴族と会う機会があるとすれば、もっと上級クラスの者だろうしな。暫く考え込んだ後、俺は言ってやった。


「お前ら平民だからわかってねえだろ?」


ポカンとする二人に、合点が言ったとばかりに頷く美少女。

そして美少女は事もなげに言い切った。


「間違いなく本気ですわ」

「は?」

「だから、冒険者です」

「「…??」」


はぁ?

意味がわからねぇぞ?

カルロもジャックも分からねえ…いや会話の意味も分かってねえな。

って、いやいや、待て待て。こいつのペースに巻き込まれたらダメだ。

俺の眉間に力がグッと入るのが分かる。

そんな俺らの混乱を無視するかのように美少女は話を続ける。


「確かに公爵家の籍は残してありますが…まぁこれは家の存続の為の保険ですわ」


こ、公爵家⁉

これは3人とも驚きすぎて固まってしまった。


「私には兄がおりますが、兄に子供が出来なければ私が産んだ方がいいでしょう。籍はその為に残しているようなものです」

「コドモ?」

「ホケン?」

「つまり、私の血があれば良いので、保険の子種は誰のものでも良いはずですわ」

「コダネ…」

「ダレデモイイ…」

「ま、最悪の場合の保険ですから、お気になさらず。私は本気です。ずっと冒険者に憧れていたのです」


カルロは戸惑い、ジャックは混乱している。

そして得意そうに宣言した美少女の圧力に、俺の中の遠い記憶の何かが蘇りそうになる。

いやいや、待て待て。意識を飛ばすのはまだ先だ!

俺は自分にそう言い聞かせ、我に帰り、落ち着いて聞いた話を受けとめる。

うん。取り合えずこういう時は煙草だ。


「…とは口では何とでもいえるがな…」


煙草を口にくわえ大きく息を吸い、煙を肺にいきわたらせる。

うん。段々と頭が冴えて来たぞ。


「所作が違うから、お貴族様だとは思ってたけどな…まさかの公爵家のお嬢様とは…。ガキの遊びもここまで来るとは世も末だな」


はぁ、参ったな。

目の前のお嬢様に、ふ~っと嫌みと共に煙を吐き出す。

おい、おっさん二人もそろそろ現実に戻って来れるか?

美少女と俺。無言のまま暫く膠着状態だったが、その緊張を解いたのは美少女の方だった。


「その長いお耳は、小さき者の声を聞くため…だったはずです。だったら貴方の言うガキの話もお聞きになって?」

「は?」


美少女は本性を現した。貴族のお嬢様特有の態度にカチンときた俺は、思わず低い声が出る。このお嬢様は俺の威圧に怯むことなく、自分の話を一方的に続けるつもりだ。


「幼い頃、そう教えて頂いたのですよ、貴方様に」

「は?え?」


身構えた俺に美少女は「はにかんだ笑み」見せた。

そして妙な話の方向に自分の怒りがズレた気もした。


「フレデール地方、精霊の泉…」


その地名に、先ほど掴みかけた記憶が再び呼び出される。


「っ!お前!あん時のガキか!」

「その節は大変お世話になりましたわ」


やれやれ。

そうか。合点が行った。この妙な感じ。こいつは、あん時のお嬢様だな。

道理で妙に堂々としているはずだ。


「…やたら絡んでくるお嬢様だとは思ったが…」

「懐かしいですわ。貴方様はあの時とお姿がお変わりなく、お元気そうで私も嬉しいですわ」


嬉しそうな笑顔は、幼いあの時と同じに見えた。

そう言えば、お嬢様は冒険好きだったか?


「…まさか、本当に本気なのか?」


だけど、まさかの話だ。確かこいつの家は公爵家の中でもかなりの上位だったはず。そう思って尋ねれば、美少女は、何かをもったいぶるように振る舞いながら、切り札のカードを使ってきた。


「祝福持ちなのです」


ドヤっとばかりに自信たっぷりに微笑む美少女。

祝福持ち…。その言葉に俺の意識が飛びかけた。

そして得意満面の笑み。こいつは、自分の望みで押し切るつもりなんだと気が付けば、俺の口からポロリと煙草が落ちた…。

俺が彼女の真意に気付いたのが分かったのだろう。再びニコリと良い顔で微笑んだ。


あぁ…こいつ。

俺は声にならない唸り声と共に、天井を仰いだ。


「祝福持ち…ってなんだ?」

「展開が早すぎて分からない…」


そんな俺をよそにカルロとジャックは、戸惑いと混乱を重ねていた。


「祝福持ちは、望みが叶うそうですわ」

「それは奇跡のスキル…」

「ぶっ壊れスキルか」


旧友から「祝福持ち」のスキルは聞いた事がある。


「いや、祝福の効果は確かにそうだが。厳密に言えば違うぞ…」

「「「?」」」


祝福は福音と言われている。

文字通り単に神の知らせでもあるが、それに伴い、主の望みを支援する作用が働くと言うのだ。

つまり、結果的に福音主の望みが叶う事とも言えるが、それには本人の努力も相当必要とされている。要は、本人が諦めない限り、限りなく望みが叶う道が開ける…というものだ。


しかしこの場合の「主」は人側の解釈だ。

「主の望み」を「宿主で、人の望み」とするのは、人間の勝手な解釈だ。

つまり主とは神の事。祝福は主の望みを叶えたるものに付けられる…だから本来の意味は福音で、それは神の望みを知らせる響きそのものなのだ。


とは言え、「主」の意味に大きな違いはあっても、人に付与されたスキルと言うのなら、神の支援があると言って差し支えはないだろう。

…つまり、こいつはそれが言いたいと言う事なのか?


「祝福持ちと言うのはスキルじゃない。ただの福音だ」

「じゃ、嬢ちゃんの言う、望みが叶うと言うのは嘘なのか?」

「人が持ったという事は、支援が適切だろうな」


そう。単に人の望みが叶うものでは無いが、人が持った話は今まで聞いた事が無い。


「という事は、嬢ちゃんが望めば…」


そう。お嬢様はそれが言いたいのだ。

カルロは美少女をじっと見つめる。


「最後まで諦めませんわ!」

「結局一緒じゃねぇか!」


あぁ、そうだ。そうだった。


「あん時と何も変わらねえ…」


こいつしつけぇんだった。

あの時の「なんで?どうして?それは何?」攻撃が蘇る。

そんな光景に蓋をするべく、俺は頭を抱えテーブルに伏せた。

やがてふわりと頭を撫でられる。


「「「「っ…」」」


カルロとジャックが息を飲んで、俺はビクリと肩を揺らす。

そんなおっさん3人をものともせず、美少女のお嬢様は、俺の頭を撫で続けた。

どうやら後で聞けば、美少女殿はとても嬉しそうに俺の頭を撫でていたらしい…。




*****




息を大きく吐き出して、俺はまた煙草をふかす。

毎日毎日こんなに構われるとは思わなかった。


「こんなに可愛い美少女に好意をよせられて、よく平然としてますね!」

(美少女の否定はしませんが、平然は否定します)


「だから私は貴方より長生きしてみせますって、何度も申し上げております!」

(俺はエルフの寿命なので、それは無理な話です)


最初は面白半分に見ていた美少女の奇妙な行動だったが、健気な様子に段々と絆された奴が増えたのだろう。

近頃は仲間たちの目線が生暖かい。


「あのな、俺は半分エルフで、人間じゃねえぞ」

「別にそんな些細な事は気にしませんわ!さっさと、私の伴侶になって下さい!」

「公爵令嬢がそんな事を言うもんじゃありません」

「あら、未来の国母の道を捨てて冒険者になった私にとって、そんな事は些細な事ですわ!」

「は?」


流石にこの言葉には絶句した。

口からぽろっと煙草が落ちたが、そんな俺の間抜けな顔をヴィヴィは嬉しそうな顔をして笑って見ていた。


でもなぁ。

…お前、愛されてこの世に生まれて来たんだろう?

俺はな、蔑まれて落ちて来たんだ。

そんな俺たちが一緒になるなんておかしな話じゃないか?

だめだ。だめだ。

こんな事を考えを始めるだるなんて、俺もどうかしてる。


「あのな、なんで俺に構う?俺が珍しいからか?」


ヴィヴィの好意がそんな事では無いと分かっていて、俺は彼女にそう尋ねる。

はぁ。

どうもこいつと話をしているとズレる。弱気になるなんて柄じゃねえな。


「違いますわ」


だよな、期待した通りの答えに安堵する。

俺はいつから、こんなに情けなくなったっけ。


「愛です」

「は?」


思いもよらない答えにポカンとする。


「古い文献を見ていたら、見つけました。エルフが子をなすのが稀なのは…つまり同種が増えないのは何故だか分かりますか?」

「は?何?何の話?」


彼女は嬉しそうな顔で話を続ける。


「タエタル語の古い書にありました。神が遣わしたエルフは、神の意志に反して増える事は無いそうです。そうですよね、もし増えたとしたらそれは人の世界を脅かしますものね」

「…」

「だからエルフが生まれる…いえ。人とエルフの間に生まれた貴方は、愛されて生まれたのですわ。貴方のお父様、お母様…そして神様でさえも貴方を愛したのです」


微笑む彼女の顔が徐々に、滲んで淡くなる。


「そんな貴方を愛おしく思います。きっと私の祝福は、貴方に愛を伝える為にあるのじゃないかしら?それが神の望み…なんてね」


そう。俺も旧友からそう聞いたじゃ無いか。

祝福は福音だ。文字通り神の知らせだと。

福音が響けば、主の望みを支援する作用が働く。

これは紛れもなく「主の望み」だ。

祝福は主の望みを叶えたる人物に付けられる…だから福音で、それは神の望みを知らせる響きなのだと。


「っ…」

「あらあら、美しいお顔が台無しですわ」


そうか。お前が、その響きそのものなのだな。

あの祠で君に会えた日、「やっと会えたね」と聞こえたのは、気のせいではなかったのだ。

まるで幼い子供のように彼女の胸に抱き寄せられる。

そして君はあの時と同じように俺の頭を優しく撫で続けた。




*****




その後、年齢差を理由に断るも、彼女は決して折れなかった。

断じていうが、俺に幼女を愛でる趣味は無い。

つまり、彼女は諦めなかったのだ。


だからいつ見ても、彼女はずっと前を見ている。

きっと彼女の見ている世界は広いのだろう。

後ろを振りむく暇も無いくらい、どこまでも尽きなく、目の前に空が広がっているのだろう。


今日もそんな彼女の横に俺は並んで共に歩いている。


「愛してますわ」


彼女の声が俺の耳に届く。

彼女の照れた小さな声は、まだ今日も聞こえる。


きっと先に君が儚く空に旅立ったとしても、君の囁く愛の響きは、俺の耳にいつまでも届くのだろう。




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