第13話 涙の後はお弁当

(罪悪感で死にそう)


 翔利は今、昼休みに呼び出しを受けた瑠伊の後を追っている。


 もちろん瑠伊の許可は取っていない。


(後で怒られるかな……)


 たとえ怒られるとしても翔利はやめる気はない。


 どうしてもあの男は信用できない。


 あの男とは翔利達の担任だ。


 霧島の話では担任は虐めに気づいているのに簡単に注意するだけで何もしなかったという。


 そんな奴が虐めを受けている瑠伊を呼び出しているのが気になる。


(どうせろくな事じゃないんだろうな)


 翔利はそんな事を思いながら瑠伊の後を追う。


 瑠伊が向かったのは誰も使っていないであろう教室。


 放送では職員室に呼ばれていたはずなのに、迷いなくここに向かったのだから何かあるのは確実だ。


 瑠伊が扉を閉めたのを確認してから扉に背中を付けて、最近買って貰ったスマホを弄りながら聞き耳を立てる。


「大内、遅かったな」


 中から担任の声が聞こえた。


「いつも通りです。もう呼び出すのやめてください」


「俺はお前の為にやってるんだぞ。教室だといたたまれないだろうと思って」


「それは……」


 確かに瑠伊は教室では一人静かにしているが、毎日呼び出しなんかされたらよりいたたまれなくなる。


「虐めなんて幼稚な事を高校生にもなって続けてるような奴らと一緒に居るのは嫌だろ?」


「……」


(俺ならそれを見て見ぬふりしてる奴と一緒に居るのも嫌だけど)


「俺がこうして息抜きに付き合ってやってるんだから感謝しろよ」


 翔利はあまりにもうざかったので怒りのままに中に入りそうになってしまった。


 その気持ちを抑えて話を聞く事に専念する。


「家では虐待、学校では虐め。そりゃ飛び降りたくもなるよな。でも俺は味方だからな」


 翔利の苛立ちがピークを迎えようとしていた。


 瑠伊は確かに虐待を受けて虐められていたけど、自分から飛び降りていない。


「でも最近は前みたいな死にそうな顔をしてないよな。どうした?」


 教師達には言ってあるはずだ。


 瑠伊が翔利の家で預かっている事を。


「前の顔の方が俺好みだったんだけどな。まぁでも俺が前みたいな顔になるか?」


「……」


 翔利の中で何かが切れそうになるが、瑠伊の静観が気になり少し落ち着く。


 担任の方は動いているようで足音なんかが聞こえてくるけど、瑠伊からは何も聞こえない。


「今日も無視か。前みたいに泣いてくれていいんだぞ。どうせ誰もお前を見てなんかいないんだから」


「何度でも言いますけど違います」


 久しぶりに瑠伊が口を開いた。


「今の私には見てくれる人がいます。だからあなたがなんと言おうと私は平気です。虐めだってもうどうでもいい事ですから」


 瑠伊の言葉を聞いて少し心が落ち着く。


 翔利はずっと心配だった。


 また虐めを受けた時に瑠伊が耐えられるのかが。


 実際はそんな心配は必要なかった。


「強がるなよ。なにがあったのかは知らないが、ここには誰も来ないからな」


「そうでもないですよ?」


「は?」


 瑠伊がそう言うとだんだんと足音がこちらに近づいて来た。


 そして扉を開けた瑠伊にニコッと可愛い笑みを向けられた。


「バレてたのね」


「翔利君は心配性なのでそろそろかなって」


「俺の事分かってるね」


 翔利はスマホを胸ポケットに入れて教室の中に入った。


「佐伯……」


「散歩してたら捕まりました」


 翔利は息を吸うように嘘を言う。


 自分の感情を隠す為にも。


「聞いてたのか?」


「なにをですか?」


「聞いてないならいい」


「瑠伊が虐められてる事実を知ってて放置したり、その瑠伊を呼び出して気持ち悪い性癖をぶつけてたり、最終的には自分が瑠伊を虐めるとかしか聞いてないですね」


「聞いてんじゃねぇか」


 担任が怒りを顔に浮かばせる。


「生徒に手を出す教師ってやばいですね」


「黙ってろよ」


 担任が翔利を睨みながら言う。


「なにをですか?」


「今聞いた事だ」


「嫌だと言ったら?」


「痛い目を見せて分からせる」


 担任はそう言って翔利のみぞおちを思い切り殴った。


「翔利君!」


 瑠伊の心配する声が聞こえた。


 翔利は静かに床に座る。


「……」


「黙る気になったか? それともまだ教育的指導が必要か?」


「さすがに痛いな。でもいいものはかな」


 翔利はそう言って胸ポケットにしまったスマホを取り出す。


「瑠伊もスマホは使った方がいいよ。めっちゃ便利」


「お前、まさか……」


「録音と録画は常識では? やっぱり虐めをやめられない大人って外面だけ成長した小学生なのかな?」


 翔利は「よし」と言ってスマホをポケットにしまい立ち上がる。


「証拠もちゃんと手に入ったから帰ろっか。バイバイ、元先生」


 翔利がそう言って瑠伊と一緒に教室を出ようとしたら、担任が土下座をした。


「頼む、今のは無かった事にしてくれ」


「今日の弁当何かね」


 翔利は無視して扉を開ける。


「くそがぁ」


 担任が教室を出た翔利の肩を掴んで拳を振り上げた。


「はい、終わり」


「あ?」


 翔利が笑顔で右側を指さす。


 そこには校長が立っていた。


「来い」


「あの、これはその」


「来い」


「……はい」


 校長の圧に屈して担任は翔利を一睨みしてから校長と去って行った。


「害虫駆除完了」


「全部翔利君の筋書きですか?」


「保険も含めればそうだね」


 外で話を聞いて虐めを見過ごしていた事を確認して華に伝えた。


 そしてどこかのタイミングで中に入ろうとしていたけど、瑠伊がそれをしてくれたので中に入り、担任を煽った。


 録画は保険だったけど、しっかりと暴力の現場も抑えて、一度やった暴力は二度目が軽くなるので、華の連絡したであろう校長が居る事を信じて暴力を促した。


「もちろん瑠伊に何かしようとしたら止めてたけど」


「翔利君」


「いいよ」


「では」


 瑠伊が翔利の頬を痛くならない程度にはたいた。


「なんでそこまで自分を犠牲にするんですか」


 瑠伊が涙を流しながら言う。


「巻き込んだ私が言えた立場では無いのは分かってます。ですけど他に方法は無かったんですか?」


「殴らせない方法はあったよ。だけどあれが一番早くて確実に済んだ方法だから」


 そもそも素人の拳なんかは翔利の動体視力があれば躱す事ができる。


 実際に殴られなくても殴った事実があればあれを処分する事はできたと思う。


 だけど確実かと言われたら分からない。


「もしも一回で終わらなかったらどうするつもりだったんですか?」


「その時の保険が校長だよ」


 ちょうど駆け付けて来たところのようだったけど、もしも殴られ続けていても校長が入ってきて止められていた。


「でも、でも……」


 瑠伊が翔利の胸に額を当ててポカポカと胸を叩く。


「翔利君が痛い思いをする必要はないじゃないですか」


「あるよ」


 翔利が瑠伊にだけ聞かせる優しい声で言うと、瑠伊が手を下ろした。


「今の俺に取ってなにが一番嫌かって、瑠伊が悲しむ事なんだよ。瑠伊を笑顔にする為ならなんでもする。たとえそれで痛みを伴ったとしても」


「……」


「とか言って今瑠伊を泣かせてるんだけど。ごめん」


「……私こそごめんなさい」


 瑠伊が消え入りそうな声で言う。


「翔利君は私の為にやってくれたのに、私はそれを否定ばっかりして」


「瑠伊の気持ちを無視してるのは事実だから」


「そんな事ないです。翔利君はいつも私の事を考えてくれて、考え過ぎてくれてます」


 瑠伊が無意識なのか翔利の手をにぎにぎとしている。


「だからそんな翔利君にはちゃんと言います」


「なにを?」


「私の気持ち。どんな気持ちで学校生活をしてたのか」


「いいの?」


 瑠伊は多分翔利に心配をかけたくないから虐めや今回の担任からのセクハラ一歩手前の行為を黙っていた。


 だけどそれを全て話すと言う。


「翔利君には私の全部を知って欲しいです」


「俺も瑠伊の全部を知りたい。それで問題は一緒に解決したい」


「頼っちゃいますよ?」


「本望だよ。俺の全ては瑠伊に捧げるつもりだから」


「告白ですか?」


「ある意味では?」


 何回も言ってはいるが、翔利が瑠伊をどんな問題からも守り抜くという告白というか宣言。


 瑠伊が困っているのなら翔利は自分の全てを持って解決する。


 そんな宣言だ。


「いつか本当のやつを言われたいです」


「本当の?」


「私が翔利君を好きって事です」


「俺も好きだよ?」


 瑠伊が顔を上げて「ありがとうございます」と笑顔で言った。


 翔利はその笑顔にドキッとして顔を赤くした。


「可愛すぎなんだよ」


「今はご機嫌なので素直に喜んでおきます」


 そう言って瑠伊は翔利の手をちゃんと握った。


「後少ししかないですけどお弁当食べに帰りましょ」


「……うん」


 そうして二人で仲良く教室に戻った。


 翔利と瑠伊はクラスの目など気にせずに机を並べてお弁当を食べた。

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