第12話 可愛いそれ即ちお世話

「ねぇ瑠伊」


「なんですか?」


「休日デートしよ」


「………………はい?」


 今日は翔利が退院してから初めての休日だ。


 だからなんとなくふわっとした気持ちで瑠伊に言ったのだけど、とても長い沈黙の末に「何言ってんだこいつ」みたいな顔をされた。


「瑠伊って実は俺の事嫌い?」


「そんな事ないですよ! ただいきなりでどういう事なのか分からなかっただけです」


「言葉通りだよ? 瑠伊とお出かけしたいなーって」


「じゃあお出かけって言ってくださいよ!」


 翔利がデートと言ったのは本当にただの気まぐれ。


 ではなく、瑠伊の恥ずかしがる顔が見たかったのだけど、見れなくて少し残念だ。


「瑠伊って俺のお世話係継続してなかったっけ?」


「してますよ。……してますよ」


「してる実感がないな。俺はされてる実感あるけど」


 瑠伊には学校まで手を繋いで貰ったり、屈んだりしなければいけない時は代わりにやって貰っている。


「でもなかなかバレないよね」


 行きも帰りも一緒に行動しているのに、学校で翔利と瑠伊の関係をいぶかしんで噂を流される事がない。


「それは翔利君が興味ないだけですよ」


「よし、今日は瑠伊から全部話して貰うから」


「そういうやつですか」


 瑠伊と出かけたかったのは本当だけど、瑠伊から学校での虐めなどの事を聞き出すのも目的の一つだ。


「なんでも言う事を聞く約束をした瑠伊に拒否権は無いから」


「翔利君のお願いならなんでも聞きますよ」


「じゃあ今日は一緒に寝よ」


「いいですよ」


「断りなさい」


 翔利が冗談で言ったのを気づいているのか、瑠伊のカウンターに翔利が顔を赤くする。


「最近瑠伊が俺を虐める」


「翔利君が私をからかうからですよ」


「だって恥じらう瑠伊が可愛いから」


「そういう事を素で言うのがずるいんですよ」


 瑠伊が顔を赤くしてそっぽを向いた。


「ほんと可愛いよね」


「翔利君なんて知りません」


「ごめんて。これ以上可愛いって言ったら拗ねちゃうから言わないけど、それも可愛いんだよね」


 瑠伊が完全に後ろを向いてしまった。


「瑠伊は俺に可愛いって言われるの嫌? 嫌なら言わないよ」


「絶対言いますよね。嫌ではないですよ。ただ、恥ずかしいんです」


「でもなんでも言う事聞くって言ったからさ」


「言う事は聞きます。だけどそれと可愛いって言うのは違うと思うんです」


 それは翔利も分かっている。


 ただこじつけで可愛いと言う事を正当化しようとしてるだけだ。


「まぁ生理現象だと思って諦めて」


「ちょっと意味が分からないです」


「瑠伊が俺を無意識に虐めてるのと同じ」


「翔利君は喜んでるからいいのでは?」


「瑠伊も内心喜んでるからいいって事ね」


 翔利がそう言うと瑠伊が黙って翔利を見つめた。


「何?」


「えっと、一つ確認させてください」


「どうぞ」


「翔利君の言う可愛いと綺麗は本心からですか?」


「俺は嘘つかないって言ったじゃん。瑠伊の事は可愛いと思うし綺麗だと思ってる」


 もう何度目になるのか分からない程答えた質問だ。


「思ってるんですよね……」


「どしたの?」


「なんでもないです。それよりお出かけってどこに行くんですか?」


「どこかに行くってよりも、瑠伊と一緒に居る口実が欲しいだけ?」


 わざわざ外に出なくても家ではずっと一緒に居るのだけど、今日は気分転換で外に行きたい気分だ。


「つまりお散歩ですか?」


「どこか行ってもいいけど、行きたいとことかある?」


「今日はお話がメインみたいなのでお話しながらどこか探しますか?」


「そうしよっか」


 今日はあくまで瑠伊の現状を知るのが目的だ。


 直接聞くのはどうかと思うけど、瑠伊とはお互いに秘密を隠していたくない。


「小遣いいるかい?」


 いつも通りお茶を飲んでいる華が財布から一万円札を五枚程取り出した。


「今散歩って言ったよね」


「急な雨で雨宿りしなきゃいけなくなったらどうするんだい」


「だとしても多いよ。ただでさえばあちゃんから貰ったお小遣い使い切れてないんだから」


 華からは毎月高校生にしては多すぎる量のお小遣いを貰っている。


 瑠伊にもあげているが最初は瑠伊が断っていたけど、最終的には貰うまで華は諦めない。


 だから翔利が「貰って貯金がお互いの為だよ」と言って納得して貰っている。


「使い切れてないって言うけど、使った事あるのかい?」


「あるよ。ばあちゃんの誕生日プレゼント……」


 翔利は言いながら瑠伊の方を見た。


「俺、瑠伊に誕生日プレゼントあげてない」


「それはお互い名前で呼び合う事で解決したんじゃないんですか?」


「そうだけど、やっぱりあげたい」


「よしきた」


 華はここぞとばかりに財布からありったけのお札を取り出した。


「なにを買わせる気なのさ。でもばあちゃんのお金で買ってるみたいだからあげてる間ないんだよね」


「バイトはさせないから、それなら瑠伊さんのして欲しい事をしてあげるしかないんじゃないかい?」


「瑠伊、なにして欲しい?」


「え、急に言われると……」


 瑠伊が人差し指を顎に当てて考え始める。


「正直に言うと、翔利君と一緒に居れるだけで嬉しいんです。だから翔利君にして欲しい事はずっと一緒に居て欲しいって事なんですよね」


「本当に瑠伊ってずるいよね。じゃあ俺への誕生日プレゼントもそれね。二重で効果倍増」


 結局いつも最終的には同じ結論に至る。


「よし、誕生日プレゼントもあげたし行こっか」


「そうですね」


 翔利と瑠伊は出かける準備をして二人で外に出た。




「瑠伊の私服初めて見たけど可愛い」


 手を繋ぎながら適当に歩いているところで、翔利がいきなりそんな事を言った。


「これ華さんが誕生日プレゼントでくれた服なんですよ」


 瑠伊は翔利の入院中ずっと制服で来ていた。


 後から聞いた話では、瑠伊は私服を全て捨てられたようで、制服しか服を持っていなかったようだ。


 華に服を買って貰っていたけど、翔利の入院中はなぜかずっと制服で来ていた。


「なんで俺の入院中は制服だったの?」


「最初が制服だったので、変えるタイミングが分からなくて」


「じゃあこれからは沢山可愛い私服見せてね」


「パジャマ見せてるじゃないですか」


「それは別腹。セーター瑠伊、略してS瑠伊は可愛い」


 瑠伊の服は淡い青のセーター。


 しかも袖が余って図らずも萌え袖になっている。


「ばあちゃんは分かってるね。次はパーカーがいい」


「華さんはすごいです。私に買ってくださったお洋服はパーカーが多めですよ」


「さすがばあちゃん。パーカー着てる瑠伊も可愛いだろうね」


 翔利はパーカーが好きだ。


 着るのも着てるのを見るのも。


 人に興味のない翔利でも、パーカーを着てる人には目が行く。


「翔利君もパーカーなので、お揃いになりますね」


「ちなみにこれもばあちゃんの誕生日プレゼント」


 今日の翔利の服も華から貰った誕生日プレゼントで、黒いパーカーだ。


 というか翔利は黒いパーカーしか着ない。


 理由はない。


「ばあちゃん的にはお揃いを避けたのかな?」


「そうだと思います。お揃いって仲良しに見えますけど、仲良し過ぎな感じもありますから」


 瑠伊の言いたい事も分かる。


 さすがに全く同じ服を着る訳ではないけど、翔利もペアルックの服を着てる人を見ると「すご」と思う事もある。


「でも次はパーカーを着てきますね」


「楽しみにしてる」


 だがよくよく考えてみれば、明日は日曜日なので私服を着るはずだ。


 だから明日パーカー瑠伊を見れるのは確実だ。


 そんな煩悩を消して本題に入る。


「めっちゃ話変えるよ。瑠伊は今も虐められてる?」


「本当にすごい変えますね。前程ではないですけどされてますよ」


 瑠伊は気にしてない様子で話す。


「今は翔利君がずっと一緒に居てくれるから何も出来ないんだと思います」


「じゃあなにをされてるの?」


「内緒です。安心して欲しいのは、暴力とかはないです」


 直接的な事をされてないのは翔利も分かっている。


 何せ本当に翔利は瑠伊とずっと一緒に居るのだから。


 居ない時間といえば。


「昼休みは呼び出されてるけどなんなの?」


「……それは言いたくありません」


「確認、困ってる?」


「……それも言いたくないです」


 つまり問題があって困っているけど翔利に伝えたら迷惑をかけると言う事らしい。


「翔利君って、なんでも言う事聞かせられる私の黙秘権を尊重してくれるんですよね」


「瑠伊が話したくない事を無理やり聞くのは違うでしょ。俺が言う事聞かせる時は瑠伊の可愛い姿を見たい時だから」


「そこも控えてくださいよ」


「やだ。瑠伊にはこれからも可愛い姿を見せて貰って、それをお世話とするから」


「何のお世話ですか……」


 瑠伊が呆れた表情で翔利を見る。


「多分ね、俺にはそういうの必要だと思うんだよ」


「と言いますと?」


「俺の荒んだ心には瑠伊みたいな可愛い子の可愛い姿を見て心を癒す時間がさ」


 翔利はあまり見せないけど、色々なものに飢えている。


 それは愛情だったり友情だったりといった、人が当たり前のように持っているもの。


 その全てを翔利は隔絶されて生きてきた。


 だから瑠伊にはその全てを求めてしまう。


「ばあちゃんから愛情を注いで貰ってるけどさ、瑠伊には他の事を色々と求めちゃうんだよ」


「その求めるのが可愛い私なんですか?」


「それは多分俺の本音の気持ちなんだけど、可愛い瑠伊を見ると心が軽くなるんだよね。なんでか分からないけど」


「それはなんか分かります」


 瑠伊を見ていると心が落ち着く。


 その瑠伊が可愛い事をすれば心が軽くなり、気分が良くなる。


「つまり! 可愛い瑠伊は俺にはなくてはならない存在な訳。だから俺へのお世話は可愛い瑠伊を見せる事で解決するんだよ」


「そんなに力説されても……」


 翔利の力説に瑠伊が少し引いている。


「でも、翔利君がして欲しい事ならなんでもしますよ」


「じゃあこれからも可愛い瑠伊を沢山見せてね」


「それは翔利君次第ですよ」


「と言うと?」


 翔利が聞くと瑠伊が立ち止まり翔利の耳元に顔を近づけた。


「女の子を可愛くするのは男の子の役目ですよ」


 そう耳打ちされた翔利の顔が一気に赤くなった。


「ふふっ、可愛い」


 そんな事をする瑠伊がいじらしくて可愛いが、今は何を言っても勝てる気がしないから翔利は黙って顔の熱が引くのを待った。


ちなみに夜は別々の部屋で寝た。

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