pt.2 ヒーローは遅れて登場するなと言いたいお年頃

 結運は死を悟った。

 孤児院で開かれた誕生日会。必死に勉強して受かった大学。

 目を瞑った世界には楽しかった出来事が広がっている。

きっとこれが走馬灯なのだろう。

 だが、結運が想定した死は訪れなかった。

 キーンという金属と金属がぶつかり合う音がしただけだった。

 結運が恐る恐る重たい目を開ける。

 そこには『天使の庭』に反旗を翻したかのような黒いコートを羽織った男が使い込まれた獲物を持って防いでいた。

 獲物はマチェーテだろうか。柄の部分は摩擦で色褪せるほど握った証が残っているが、刀身には刃こぼれ一つない。その男がマチェーテを大切にしているのが十分に伝わる。

 「誰ですか、あなた?私の教育を邪魔して。親から迷惑行為をするなと教わらなかったのですか?」

 ストライヴは首をコキッと鳴らしながら威嚇する。

 黒いフードを羽織った男は不敵な笑みをこぼした。

 「おいおい、ストライヴのおっさん。俺のこと忘れたのかよ。それに結運、本当に久しぶりだな。脱走してから一回も会ってなかったっけ?」

 いきなり名前を呼ばれ結運はドキマギする。

 「なんで?私の名前を......」

 「おいおいお前も忘れたのかよ。そろそろ泣くよ。じゃあねぇなあ、顔見せてやっから早く思い出せ」

 おもむろにマチェーテを持つ手とは逆の手でフードを脱ぐ。

 「「来栖!!」」

 ストライヴと結運が驚くのは同時だった。

 黒と緑のオッドアイ。後ろに纏められたセミロングの茶髪。左目に残った傷跡。そんな特徴的な顔を二人は忘れる訳なかった。

 「やーっと気づいたな。、すぐ分かれよ」

 来栖と呼ばれた男が話した、『ゴミの掃き溜め場』。それはラプラスのことであった。

 ある日ラプラスに絶望し逃亡した機械に愛された娘マキナ。それが、正に目の前で集まったである。

 驚愕のあまり言葉が詰まり、静寂が流れる。乗客も野次馬に乗ることはなかった。

 最初に静寂を打ち破ったのはストライヴだった。

 「よく生きていましたね。また会えて嬉しいですよ」

 「ストライヴのおっちゃんもいつも通り元気にしてんな。結運に関してはなんだ?大学生にでもなってんのか」

 「悪い?平穏が一番でしょ」

 「そりゃあそうだ。あそこから抜け出したんだから平穏と安全と普遍を求めたって誰も咎めやしねえよ」

 久しぶりの再会に穏やかな談笑が続いた。先までの殺伐とした空気から一変してこの光景。周囲の乗客は未だに混乱が拭えない。

 「ところであなたがたに聞きたいのですが?」

 「え、なに?まさかラプラスLoveかって?カッ、大嫌いだね。毎日搭に糞でも付けてやりたいくらいだよ」

 「いえいえ、そんな分かりきったことあなたがたには聞きませんよ。あなたがたに言いたいのは是非『天使の庭』への勧誘です。今『天使の庭』ではラプラス討伐に向けて規模拡大中です。それが機械に愛された娘マキナなら心強い」

 迫り合いをしていた右手を戻し、姿勢を正して手を差し伸べる。屈託のない笑顔と今までにない礼儀正しさを見るにどうやら本当に勧誘しているらしい。

 来栖もマチェーテを定位置へと戻す。コートの裏側に皮製の鞘がくっついてある。納刀するかのようにしまっていた。

 「そういえば、俺がここに来た理由言ってなかったな。二つあるんだ。一つは結運に会いに来ること。そして...」

 「そして?」

 「ん?簡単なことだよ。使

 「下がってろ」と結運に伝えて、来栖は腰を低くする。

 ストライヴもただ殺されるのを待っているのではない。常人離れした反射神経で来栖の顔面目掛けて左手で虎拳を喰らわす。だが、寸で左手は止まり、続いて右フックが飛んでくる。左手はフェイントであった。主戦力に相応しい虎拳を前にしてフェイントと思う人は先ず不可能だろう。

 来栖は腰を下げたままで未だに動こうとしない。

 ストライヴが優勢に思われたが、結果は全くもって違かった。

 刹那、結運が瞬きした後である。

 「ああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」

 ストライヴが今までにない声を荒らげていた。ストライヴの繰り出していた右手はあらぬ方向へと吹き飛び、ビチャッと血の滴る音と共に床へと落ちた。

 来栖はただマチェーテをしまったのではない。来栖はただ腰を下ろしたのではない。

 全ては近距離を間合いにおいて最強の技、抜刀術を繰り出すための計画の内だった。

 ストライヴの右フックがぶつかる直前腕の根元から一刀両断した。

 「馬鹿な!私の異能がお前なんかに易々と負けるか!!」

 「現実見ろアホ。お前の『メルトダウンシンドローム』は周囲の鉄分の硬度や形状を自由自在に操るんだろ。昔、どれだけ自慢されたか。おおよそ体内の鉄分を制御して硬化させたんだろ」

 刀身にへばりついた血を手ぬぐいで丁寧に拭う。

 ストライヴはあまりの痛さに来栖の声など届いてなかった。

 「よく聞け!俺たちは同じ敵の討伐を志す仲間だ。争っている場合ではない」

 「だーかーらー。俺は、お前ら、『天使の庭』を、潰しに来たの。understand?」

 ストライヴはどうやって切り抜けるか悩みに悩んでいた。

 屈服した振りをしてやり過ごすか?否、すぐ嘘だと読み取って殺すはずだ。それ以前に来栖は殺すという意思しか持っていない。

 部下を囮にして逃げるか?それも否、来栖の異能はまだ不明だ。自画自賛ばかりしていたのが仇となってしまった。

 ここでストライヴの脳内に妙案が浮かぶ。

 「と、取り引きだ」

 甘噛みしながらストライヴ床に手を付く。

 来栖は間髪入れずにマチェーテで切りかかろうとしたが、『取り引き』という言葉を疑問に思い手を止める。

 「懸命な判断だ。後ろを見ろ」

 ストライヴを刺激をしてはいけないと判断した来栖は大人しく踵を返す。だが、左手は柄を持ちいつでも迎撃できる準備をしていた。

 「なっ、結運!」

 「動くなあ!お前、結運に会いに来たと言いましたよね」

 ストライヴは幾重もの有刺鉄線状の鎖を生成して結運に巻き付けていた。少しでもズレたら重傷は避けられない。

 バスの三代材料は鉄、アルミ、プラスチック。その中でも鉄は豊富に使われており、ストライヴにとっては絶好の場所であった。しかし、なぜ今まで使わなかったかというと、主成分であるが故に、使用した場合の外傷が激しい。あまり目立ってしまっては特務課に捕まってしまうため、最小限に済ませたかった。そのため、雀の涙かもしれないがバスジャックする場所もできるだけラプラスの視界が手薄な場所を狙っている。

 「こんな小娘を残したのがの尽き、結運を殺されたくなければ、大人しく動向しなさい」

 「運ねぇ〜。ほんとお前何も知らないんだな」

 大切な仲間が危機に陥り、絶対絶命と焦ってしまった。しかし、すぐに安堵して抜刀の構えに入る。

 「私を殺そうと。絶対絶命の中でとち狂ったのですか?丁寧に説明してあげましょう。お前が私を殺そうとすれば、パブロフの犬がヨダレを垂らすように条件反射で結運の首を飛ばしますよ」

 「うるさいなあ。試験一分前に思考を張り巡らせてシャーペンを動かす受験生のような悪あがきだな。そろそろ死ね」

 マチェーテを引き抜いたかに思われた右手は疾風の如く、血飛沫いっさいあげることなく首を切り落とす。今度はストライヴの嗚咽すら聞こえなかった。

 だが、それと同時に結運に縛りついた鎖が締め付けて殺した。

 かに思われた。鎖の緩みが発生し、脱力感を感じてするりと抜けて、結運に擦り傷一つの外傷がなかった。

 「もう、怖かったよー。来栖がいきなり見捨てたかと思ったじゃん」

 「悪ぃ悪ぃ、俺はただお前を信じていただけだよ」

 来栖は甘い言葉をかけて、その場を逃れようとしたが、結運が泣きじゃくりながら抱きついてくる。

 正直に言うと悪気はせず、むしろもっとして欲しかった。

 背後で呆然としていたストライヴの部下は足元に転がってくるストライヴの生首を見て絶叫を上げる。中には白目を向いて失禁している人もいた。

 乗客は危機が去ったと楽観視して拍手なんかを挙げている。

 「なー結運。こんだけ騒いじゃったら不味くね?」

 「不味いとかそんなレベルじゃないよ。どうすんの!私の大学ライフが消えるかも知らないんだよ」

 「そーだよなあー。しょうがない。

 その後、何が起こったか結運すらも知らない。来栖が手を叩けば、辺りが急に暗くなり、気がつけば来栖と結運を除く人全員が木っ端微塵に砕け散っていた。

 「結運はこれからどうする?」

 「うーん。今回のレポートは諦めるわ。他を逃さなければ単位は大丈夫だし。そっちは?」

 極自然な一般人のように会話しながら結運の住んでいる住宅街へと足を運ぶ。

 「あー俺な。実は『天使の庭』とは違う組織なんだが『オリンポス』っていうところにいるんだ。機械に愛された娘マキナ七人で構成されているんだ」

 「あんたも『天使の庭』と同じことを?」

 「目標はラプラスが主体のこの世の中を壊すことで一緒だが、他が全く違う。『天使の庭』はラプラス討伐後は機械に愛された娘マキナ、それも『天使の庭』に所属しているやつが主体の独裁政権を作ろうとしているんだ」

 「それであんたらの、なんだっけ『おりんぽす』?は何を目指してるの?」

 大方、『ぼくのかんがえたさいきょうのおうこく』なんてIQが低い発想しか思いつかなかった。だが、来栖から発せられた内容はあまりにも緻密であまりにも残酷だった。

 「この世界にいる全機械に愛された娘マキナとラプラスを殺して世界の元のあるべき姿へと戻す。人は生きているんだ。機械に決められた人生を送るなんて間違っている。それに俺たちだってその機械から作られた存在だ。この世界の癌でしかない。あ、もちろん結運みたいなのは生かすつもりってボスが言ってた」

 「ボス?」

 「ああ、『オリンポス』の創設者で俺を誘ってくれた恩人だ。結運も仲間になってくれないか?」

 先のストライヴの件で簡単に信じることは出来なかった。

 先ず、ラプラスを破壊することは可能なのか?

 それに、

 「全員を殺すって、来栖、あんたも死ぬの?」

 「.....当たり前だ。俺たちは癌なんだ。こうやって空気を吸って生きてることすらおこがましい」

 「..........少し考えさせて」

 「おう。俺の電話番号教えとくからいつでも電話をかけてくれ。もちろんどうでもいい与太話でもいいから!」

 「じゃあな」と手を振って駆け出す。元来た道へ戻って行った。勧誘をするために着いてきたらしい。

 結運はまた襲われないかとビクビクしながら帰宅した。だが、無駄骨だったようで特段変わったことは起きなかった。

 その後、ニュースに連続殺害バス事件が報道されたが、白いフードの集団が測った集団自決と進められている。

 明日から大学へ行っても問題なそうだ。

 「レポート詰んだなあ、どうしよう?」

 ベットに横たわりながら独りでにつぶやく。

 どっと疲れが込み上げてきて知らず知らずのうちに結運は眠りに着いていた。


 

 

 <運寿結運 『平凡で平穏な生活』>

 能力詳細:ただひたすらに運が良い

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メフカ・烏の事件簿 まにょ @chihiro_xyiyu

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