pt.2 うp主の美術の評価は3

 東峰学園は都内中央に佇む進学校だ。都内有数の最新機材と卒業生の数々の実績から子供のみならず親からも人気があった。

 校内のプール周辺には『keep out』と書かれたテープが張り巡らされている。メフカとメフカに続く別の高校の制服を身に纏う女性が堂々と中に入っていく。メフカの横に女性は片桐百合。彼女も漏れなく機械に愛された娘マキナであった。脱走したモノの一人であったが、逮捕された後、メフカの策略で助手という肩書きで釈放されている。今では百合がメフカを恋愛対象として見るヤンデレと化して、別の意味で要注意人物となっていた。

 「メフカ姉さん。今回の死体、流石にヤバくないっすか」

 「ああ、相当の恨みがこもってないとここまではしないな」

 電話で大まかな状況は聞いていたが、実際に目の当たりになれば吐き気が催したくなる。

 「死因は.......柵、又はロープなどの締め上げによる窒息死で間違いないだろう」

 外傷が首元の赤黒い跡しか見当たらないことから容易に推測できる。

 「とりあえず聞き取り調査かな。百合、彼は何の部活所属だっけ?」

 「えーっと美術部ですね。どうやら副部長をしているようです」

 美術部の顧問から許可を得ようとすると快諾してくれた。どうやら容疑を早く無くして学校での評判を下げたくないようだ。部員数が亡くなった三上も含めて五人しかいない。これ以上部員が減るような真似はしたくないのだろう。

 美術室に入ると、何人かが準備を始めていた。

 「おや.....」

 「どうしたんですか、メフカ姉さん?」

 「いや、なんでもない」

 「すみません、どちら様でしょうか?コンクールの納期が迫っているので新聞部の取材でしたら後にして欲しいのですが」

 メフカと百合が入ってくるのに気づき、一人の男性が近づいてくる。運動部にいそうな見事な体つきだったが、様々な色で汚れたつなぎを着ていることでかろうじて美術部員だと理解出来た。

 「突然の来訪に失礼します。私、メフカ探偵事務所のメフカ・烏と申します。早朝におきた事件について調査しているのでご協力お願いします」

 「そうですか。分かりました。ですが、先程も言ったようにコンクールが近づけているので手短かにしていただけると幸いです」

 「ご協力感謝します」

 「それにしても良い絵ですね。人にとやかく語れるほどセンスがある訳では無い私ですがこの絵の良さは理解できますよ」

 メフカは話しかけてきた男が持っていたキャンバスを見つめる。

 「ほんとですか!ありがとうございます」

 「色味が他の絵と違うように見受けられますが何か特別な技法でも扱っているのですか?」

 「これは油絵といった種類なんです。普通の絵の具より時間はかかりますが、独特の味が出るんですよ。他の部員にも是非やってもらいんですけどね」

 男は部員へと一瞥する。部員は拒否するような苦笑いをするだけだ。

 男が簡単に勧めているが、メフカが思っている以上に大変なのだろう。

 メフカは深々とお辞儀をしてから、一人ずつ空き部屋で尋問を開始する。

 結果からいうと、全員にアリバイがあり、それも監視カメラに写っていた。ひとまずは美術部に犯人がいる線は捨てておこう。

 「そういえば、ラプラスが出した犯人の予想の能力って何があるんですか?」

 尋問が終わった空き部屋で百合が質問する。

 「うーんっとね。先ず、これは有り得ないから先に言っとくんだけど火を出す能力だね」

 「なんで、有り得ないですか?」

 メフカは空き部屋の窓から柵の方を指差す。

 「ラプラスの考えた殺害方法はこうだ。何らかの手段で首を絞めて殺したら熱で曲げた柵の間にはめ込み柵を戻す。確かに可能だが、柵には熱に溶かした跡は一つも無いし、それにそこまで回りくどい手段を用いるくらいなら燃やして殺す方が理にかなっているだろ」

 「なるほど、だったら除外していいですね」

 「うん、次は『動いていたあいつの今は私』って能力。端的に言えば洗脳だね」

 「せん、のう?」っと、百合は嫌な想像して身震いする。

 「色んな条件はあるんだけどね。成功すれば、どんなに細かい命令でも人形のように遂行する。例えば、柵にはまりこんで窒息死させるとか。でも、今回に関しては絶対に不可能だね」

 「あ、それは私も分かりました」

 百合は目を輝かせる。百合の目まぐるしい成長にメフカは驚きもありながら嬉しさもあった。

 「こんな簡単なことでメフカ姉さんに驚かれちゃ私も恥ずかしいですよ。美術部員は全員男性でした。女性であるこの機械に愛された娘マキナは外していいってことですよね」

 共学において男性のみで構成された部活は珍しく、ましてや女性が多いイメージのある美術部だ。

 美術室に入った時に感じた違和感の正体を百合も気づいていたのだ。

 「ここからは犯人としての可能性が十分にある機械に愛された娘マキナだ。一人は『フィラデルフィア実験記録』。これはラプラス近衛兵のヌルから聞いた話なんだが。」

 ヌルは顔には出さないが興奮気味に語っていたことがある。

 『こいつの能力名にあるフィラデルフィア実験っていうのは第二次世界大戦中にアメリカが実際に行った実験の一つなんだ。テスラコイルを用いて駆逐艦エルドリッジをステルス化させてめっちゃ強い艦隊作ろうぜみたいな陳腐な考えでよ。だが、実験は失敗に終わった。いや成功と言ってもいいかもしれない。レーダー上はおろか、肉眼からも姿を消してはるか二千五百キロメートルも離れた湾岸に転移したんだ。乗組員はほとんどが死亡し、更なる事故を危惧した上層部が中止したのが事の顛末だ。それの成功例がこの異能。地形と座標を把握して必要な量の磁場を発生させてワープする。ラプラス様はとんでもねぇもの作りやがったよな』

 ふぅーと一息して、メフカは水筒に入れておいたお茶を飲み干す。

 「さっき言ってた洗脳よりヤバいじゃないですか」

 「まあ私からしたらあんたの方が十分にチートだけどね」

 「えっ、やだ嬉しい」と、百合は腰をクネクネ動かして照れている。

 「さ、最後に『捻れた暁闇』なんだが......」

 メフカは歯切れの悪く口を濁す。

 「どうかしましたか?もしかして不明とか」

 「い、いや分かるには分かる。だが、今までと違ってあまりにも抽象的なんだ。どういう原理かは不明だが空間をた掴むことで質量問わず歪み捻らせる。それで柵へ入れたのだろう」

 「この二人から探すんですかあ」

 「私はもう一度、死体の所を見てくる。その間、百合は好きにしてていいよ。他の学校に入れることなんて滅多にないだろうし」

 「そうですね。でも、今の私はメフカ姉さんの助手です。私は美術室に見落としがないか確認してきます」

 「ほんとか、それはありがたいな。ではよろしく頼むよ」


 百合が空き部屋から出て行くと、深いため息をしてから目をそっと閉じる。

 メフカは眠りについたのではない。

 メフカの異能『苛む奴らの縲旋』。従属関係にあるカラスの使役と視界の共有、更にはメフカが受ける負傷をカラスの在庫分だけ肩代わりさせることができる。

 何度見ても不思議な死体だ。

 もっと効率的でもっと人目のつかない位置に隠して証拠隠滅するのが普通だ。

 誰だってそうする。私もそうする。

 ならば別の理由があった?見せたくないので.

はなく、見せなければならない、もしくは見せたい意思が。確かにあるんだ。

 「ん、なんだこれは.....『カラスもっと近づけ』」

 命令された一番近いカラスはARで再現された死体に前に行く。

 「『違う!そっちではない。少し右のタイルだ!』」

 カラスは指示通りの方向へと首を曲げる。

 「これは!分かったぞ。殺した犯人の正体が。しかしまずいな。動機はある程度読めたが、異能の種類が見当もつかない。このままでは突き止めても逃げられる可能性がある」

 ふと、メフカはある策を思いつく。

 我ながら名案だと、ここで褒めちぎりたいくらいだ。

 漆黒のコートから携帯を取り出す。

 「AR技術の入ったこれを使えば電話なんぞ容易いが、どうも私には性にあわん。ああ私だ。は?メフカだ。お前はいちいち私が名前を言わなければいけないような仲だったかね。ヌルよ。犯人が分かった。今から捕らえるからお前も来い。あ、ゲーリケも連れてこいよ。お前だけじゃ堅物すぎて面倒だ」

 ヌルと呼ばれた相手の返答をする前にメフカはそそくさと携帯を閉じる。

 「さてと。『お前たち、壱番隊から弐番隊は美術室扉前に待機、間違ってでも学校関係者にバレるなよ。バレたらお仕置だ。それ以外の部隊は学校を覆っておけ。犯人が逃げた瞬間追いかけるんだ』」

 メフカは重たい瞼をゆっくりと上げた。久しぶりの異能の使いすぎか目眩がする。

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