フェンスの男は何かになれたか?

pt.1 黒電話ってなんか格好いいよね

 死体があった、と言ってしまったら端的にまとめすぎて不自然だが事実なのだから仕方がない。

 発見されたのは早朝の校舎。朝練の準備をしていた生徒が第一発見者だ。

 死体の身元はこの高校、東峰学園に在学している三年生の三上龍。制服や体に争った形跡はなく、首に赤黒い痣があることから、最初は受験のストレスから自殺を図ったと片付けられるところだった。いや、したかった。

 しかし、この死体には不可解な点があった。それは、だ。

 東峰学園には学園内にプールが設備されている。市営プールに引けを取らない大きさはいつ見ても圧巻だ。そこを仕切るどこにでもあるステンレス製のフェンスのに首が挟まって死亡していた。

 自殺と他殺のどちらから推測してもありえない。

 普通の人間が介入できない異能が関係していると考えざるを得ない警察の重鎮は、とある探偵事務所へと依頼の電話をかける決断をした。



 ジリリという耳障りな黒電話の着信音でメフカ・烏は目を覚ました。

 ラプラスの指示で機械化が進んだ社会で似つかわしくない黒電話はメフカの趣味であった。ノスタルジックな姿が電子の世界に生きる一匹狼のような味わいの深さがメフカは好きだった。もちろん、AR技術の搭載された電子機器を所持しているが余程が無い限り用いない。

 まだ霞がかったまぶたをこすり、受話器を取る。

 「はい、もしもし。こちら、メフカ探偵事務所です。事件でしたら今眠いので他を当たってください」

 「そんなことしてたら事務所が潰れますよ。メフカさんお久しぶりです。警視庁機械に愛された娘マキナ対策特務課の佐藤です。今日の早朝、東峰学園で 機械に愛された娘マキナの犯行と予想される事件が発生しました。ラプラスから推定人物を幾つかピックアップされたので探し出して捕まえてください」

 熟練の男を彷彿とさせる渋い声が淡々と状況を説明する。

 話し終わった瞬間、目の前に情報が共有される。それは四人の男女の写真だった。


 <黒柳 燃 『熱砂の灯』>

 <東崎 封奈 『動いていたあいつの今は私』>

 <結標 航 『フィラデルフィア実験記録』>

 <多々良 仁 『捻れた暁闇』>


 ラプラスが導きだした犯人の予想だ。

 脱走された際、ここ数年のデータが消されたため齢五、六歳ほどの小学生のような写真だ。

 そのため、正直あてにならないがまあないよりかはマシだろう。

 どれも殺人など起こそうなどは考えられないどこにでもいる中高生だが、見た目で判断してはいけない。全員が異能を持った脱走者なんだから。

 「分かりました。今から東峰学園に向かうので現場の者に話を通しておいてください」

 メフカが現場に参入するからといって、皆が皆メフカが機械に愛された娘マキナだと知る訳では無い。むしろそれを知っているのはラプラスの近衛兵と警視庁上層部の極小数だ。だからこの佐藤がどれだけの重役かも概ね推定できる。少なくとも仲違いになるような真似はしないのが身のためだ。

 「そこは任せてください。くれぐれもメフカさんが機械に愛された娘マキナであることがバレないように」

 ガチャりと受話器を置く音が、メフカしかいない事務所に木霊する。

 液晶でできた巨大なビル群に呼応するように雲ひとつない晴天が広がっている。

 時計を見ると、まだ午前十時だ。

 夏期講習に行っている助手が帰ってきたら学園に出向くとしよう。後先考えず突っ走っても無駄骨を折るだけだ。

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