第61話

 チェコの作曲家ドヴォルザークが、アメリカの音楽院院長に招聘されたことがきっかけで、この曲は生まれたと言われている。強い故郷愛を持つ彼は、アメリカでの生活を送るうちに、激しいホームシックになり、故郷ボヘミアへの想いを、アメリカで培った民族音楽を通じて表現している、とも言われている。この曲をイメージして香水を作る。


 その算段はついており、ブランシュは全貌を述べる。きっちりと先の先まで予約済み。誰かとは違う、と違いを見せる。誰とは言わない。


「万聖節が終わって、ヴィズさん達が帰ってきてから相談しようと思ってます。少し自分だけでも考えてみましたが、なにせ交響曲ですから。自分ひとりでは限界があります」


 ヴィズ達は、普通科のブランシュとは違い、音楽科ピアノ専攻の生徒達だ。本来であれば関わることのない学校生活だったはずだが、今回の件を通して知り合うことができた。そして、クラシックに傾倒しているだけあって、非常に心強い味方だ。『雨の歌』も、そのうちのひとり、カルメン・テシエのおかげで納得のいくものができた。


「なるほどー。ふーん、ふーん」


「……」


 交響曲の意味もわかっていないが、ニコルはさも知っているかのように振る舞う。『雨の歌』のように、ピアノとヴァイオリンがあれば出来上がる曲ではないため、他の人々にも意見が聞きたい。内気で人見知りな性格のブランシュが、強く外に干渉できるようになったのは、ピアノ専攻の三人のおかげだ。面白そうなことには首を突っ込んでくれる。


 自分でも『新世界より』は悩んでみたものの、作った香水からは、ブランシュは全く曲を感じられないものだった。


「とりあえず、なにを基準に作るべきか。そこもはっきりしていませんから、悩みます」


 大所帯で演奏する交響曲。デュオやトリオなど、少人数や即興でやる音楽と違い、指揮者と綿密な打ち合わせで作る壮大な物語。自分があまり関わったことのないホルンなどが主役になったりする。ヴァイオリンも第一、第二とある。全く別物とさえ感じるほどの違いだ。


「『雨の歌』みたいに、楽章で分けたらいいんじゃない?」


 前回のように、ニコルはキリのいい数字で分けることを提案する。香水の香りがトップ、ミドル、ラストと変化していく様に、第一から第三楽章を当てはめた。わかりやすく、違いも生み出しやすい。しかし。


「交響曲は基本的に、四楽章程度あるのが基本なので、トップとミドルとラスト、というふうに簡単に分けられないんです。となると、なにを分ければいいのか。逆に候補が多すぎて絞れない、という方が正しいですね」

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