カナリーは雑草の生える歩道を一人で歩いていた。荒れた街並みだ。それでも彼女の心は、フワフワと浮き立つような高揚感に包まれていた。


 いつ振りかしら? こんな風に表通りを歩くのって。


 夏の乾いた日差しを受けて、大きく腕を広げる街路樹の緑が眩しい。背の伸び過ぎた雑草をよけながらジグザグに歩くのが、こんなに楽しいことだなんて知らなかった。時折、カナリーを追い越して車道を走ってゆく路面清掃用ドローンにも、自然と声を掛けたくなる。

 「お仕事頑張って!」

 カメラの前で微笑みながら話す台詞と同じなのに、全然違う。こんな風に感じたこと、今までに一度だって無かった。彼女はウキウキした気分でスキップを踏みながら、人通りの途絶えた歩道を進むのだった。


 次に訪れたのは、コックの仕事をしている友達、シルバーのもとだ。『Restaurant SAIJO』という看板を掲げたレストランの、開け放された玄関をくぐって奥の厨房へと進む。そして柱の陰から顔を覗かせると・・・。


 居た居た。やっぱり居た。


 厨房の端っこに立っていたシルバーは、ひょっこりと顔を出したカナリーに気付くと、大袈裟に驚いて見せた。

 「あらっ! カナリーじゃない!」

 その笑顔につられて笑い返すカナリー。

 「久し振りだね、シルバー」

 二人はしっかりとハグをしてから、お互いの顔を見つめ合った。

 「嫌だ、あなた、いつ振りかしら? 最後に来たのって、随分と昔じゃない?」

 「クスクス・・・ ごめんなさい。あっ、仕事中だけど大丈夫だったかしら?」

 「大丈夫、大丈夫。その辺の椅子、適当に持ってきて座って」


 厨房スタッフが一時休憩用に使っている椅子を引っ張り出して、カナリーはシルバーの向かいに座った。


 「今、何を作っているの?」

 「テイクアウト用のお弁当に入れる為の、フカフカの玉子焼きよ」

 シルバーは得意げにウィンクをして見せた。

 「私はね、色々モードを変えるだけで、色んなものが作れるの。イタリアンもフレンチも。和食は勿論、中華だってお任せよ。でも・・・」

 「でも?」

 「でも、肝心の卵が届かなくって・・・」

 シルバーは落ち込んでみせた。

 「じゃぁ、今は材料が届くのを待っているのね?」

 「そういうこと。材料さえ届けば、いつだって焼き上げられるようにこうして待ってるの」

 「もうどれくらい待ってるの?」

 「さぁ、忘れちゃった。私、調理に関する時間以外には全く興味が無くって。アハハ。最後に材料が届いたのはいつだったかしら・・・」

 思案顔のシルバーを見つめながら、カナリーは勇気を持って言ってみることにした。彼女なら、自分の抱える疑問を解ってくれるのではないか。答えをくれるとまでは期待していないが、少なくとも理解はしてくれるのではなかろうか。

 「もう材料なんて来ないんじゃない?」


 二人の間の空気が一瞬で凍り付いた。


 「もう止めたら、そんなこと・・・」

 「しぃーーーーっ!」

 驚愕の表情を張り付けたシルバーが、人差し指を口に持っていった。そして周りを気にするような仕草をしながら、声を落として言う。

 「何てこと言うの!? そんな会話が聞かれたら、どんな罰が与えられると思ってるの!?」

 「だって、誰が罰を与えると言うの?」

 「神様に決まってるじゃない!」

 「そんな神様いないでしょ? いないから材料が届かないんでしょ?」

 「止めて、カナリー! 私たちはそんなこと考えちゃいけないの! 何も考えず、言われた通りの事をしていればいいの! お願いだから、変なことを言うのは止めて!」


 やはりシルバーも、他の皆と同じだった。自分が置かれている現状に、何の疑問も感じてはいない。それどころか、疑問を差し挟むことを悪だとすら思っているのだ。丁度、少し前までの私のように。

 カナリーはそれ以上、何も言えなかった。

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