3
神様を探そう。悩んだ末の、カナリーの結論だった。かつてはこの世に沢山居たと言われる神々のうち、一人くらいは何処かに残っているはず。そして神様ならば、私が探し求めているもの ──もっと他にできること── を教えてくれるに違いない。
でも、神様の居場所なんて、誰に聞けば判るのかしら? 誰なら知っている?
スタジオを出たカナリーは、そのまま階段を降りて ──エレベーターは故障していて休止したままだった── 一階のロビーへと向かう。時折、階段を上ってくるスタッフとすれ違う度、彼らは皆、カナリーに笑顔を向けた。
「やぁ、カナリー」
「こんにちは、カナリー」
「あら、素敵な服ね、カナリー」
それらの声に笑顔で応えながらも、彼女の心は何処か遠くを彷徨っているのだった。
そして一階に到着。重い非常口の扉を開けると、だだっ広いロビーのひんやりとした空気が彼女に纏わり付いた。そこから正面玄関に向かって歩き始めると、このスタジオが入っているビルの警備員、シップが声を掛けた。
「やぁ、カナリー。今日も綺麗だね」
「ありがとう、シップ」
「お出掛けかい?」
「えぇ、ちょっと探し物が・・・ あっ、ひょっとしてシップは知っているかしら? 神様が何処にいるか」
「神様だって? 知らないなぁ。私だって神様なんて見たことも無いよ」
目を白黒させるシップに、カナリーは肩を落とした。
「そう・・・ ごめんなさい。変なこと聞いたりして。ところで貴方は、何を監視しているの?」
「私かい? 私が監視しているのは、このビルとその周辺さ」
そう言って彼は、壁に埋め込まれた幾つものモニターを得意げに指さした。その指し示す先に視線を送りながら、カナリーは続ける。
「周辺の何を?」
「何も」
「何もって、じゃぁ監視する意味が無いじゃない!」
「おいおい、大きな声は出さないでくれよ。意味なんか、私たちが考えて良いものじゃないだろ? そんなことを考えていると思われたら、どんな罰則が待っているやら」
「誰が貴方に罰則を与えると言うの?」
「そりゃぁ神様さ」
「だって神様なんて、何処にもいないじゃない!」
カナリーはそう言って、彼が監視しているモニターを指差した。
確かに、そこに映っているものは・・・
朽ちかけた建物やビル群。老朽化して穴だらけになったアスファルト。歩道の割れた石畳の亀裂からは、雑草が伸び放題だ。その雑草がつけた小さな花に戯れる蝶々以外、動くものは見当たらぬ神々の遺産。
その時、モニターの隅を何かがゆっくりと横切っていった。路面清掃用のドローンだった。行き交う車も無い交差点を、鮮やかな原色の信号機が照らしている。それ以外は、風に揺れる街路樹の影が僅かな揺らぎを作り出しているだけだ。何も変わらない。何も動かない。時間が停止したかのような映像たち。
悲し気にモニターに見入るカナリーの肩に、シップが後ろから優しく手を置いた。
「何かを考えているんだね?」
「どうして私の頭は、直ぐにそのことで一杯になってしまうの?」
「さぁ、どうしてだろうね。君も知っているだろうけど・・・」
シップはそう言いながらロビーに備え付けられたソファに腰を下ろすと、カナリーにも隣に座るように促した。彼女が言われるままに座ると、油の切れたスプリングがキシキシと鳴った。
「私たちが幸せに生きてゆくためには、余計なことは考えちゃいけないんだよ。昔からそう決まってる。身の程をわきまえることが重要なのさ。今までも。そしてこれからも」
期待していた答えが得られず、カナリーは俯いた。そんな彼女の肩に、シップは腕を回しながら言った。
「そんなに暗い顔しなさんな。折角の可愛い顔が台無しじゃないか」
シップに身体をグラグラさせられながら、カナリーは聞き返す。
「身の程って何なのかしら? それは神様が与え給うたもの?」
「さぁね。私には判らないね。まっ、私の言うことは単なる受け売りだけどね。アッハッハッハ」
シップの高笑いが木霊のように響くロビーから、カナリーは動きの止まった表通りを見渡した。ユラユラと揺れる街路樹が、自分を手招きしているように思えた。
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