─ 今日の午前中は晴れ。

 ─ 東北東の爽やかな風が吹くでしょう。

 ─ 湿度は低くお洗濯日和ですが、

 ─ 午後にはにわか雨の可能性も。

 ─ お洗濯ものの取り込みは忘れないで。

 ─ 折角のお花見日和も、

 ─ 今日で最後かもしれませんね。

 ─ それでは今日も一日、お仕事頑張って!


 可愛く拳を握ってガッツポーズを決める。喋るべき台詞は勿論、そんな小さな仕草すらも台本に事細かく書いてある。それを忠実に再現しつつ芝居っぽく見せないのは、それはそれでスキルの要る仕事だ。

 私はカナリー。誰もが憧れる華やかな職業、アナウンサーだ。与えられた原稿を完璧にこなせば、みんなが褒めてくれる。街を歩けば、声を掛けられることだって有るし、「可愛いね」とか「綺麗だね」と言われることも有る。しかし、結局は原稿を読み上げるだけの毎日。


 私にはもっと他のことが出来るんじゃないかしら?


 そんな考えがふと心に沸いて、彼女はここ数日、モヤモヤとした気持ちを抱いたまま毎日を過ごしていた。それでもカメラの前では、そんな心の内を表情に出すことも無く、今日も天気予報の原稿を完璧に読み上げる。爽やかな笑顔の下には、この仕事への疑問が渦巻いていたとしてもだ。


 でも他のことって、何?


 それが判らないから、じれったくなってしまう。自分に何が出来るかなんて、いったい誰が教えてくれるのだろう? それは教わるものではなくて、自分自身で探し出す者なのかしら?

 そんな思いにふけながらスタジオを出たカナリーは、たまたま廊下を通りかかった仲の良いアイボリーを捉まえた。

 「ねぇアイボリー。私って、この仕事をいつまで続ければいいのかしら?」

 AからEまでのスタジオが並ぶ廊下を、ケーブル類の束を重そうに運んでいたアイボリーが呼び止められて振り返った。彼女は首に掛けたヘッドフォンの位置を直しながら言う。

 「何よカナリー。あなた、また変なこと考えてるの?」

 「う、うん・・・」

 「あなた最近変よ。何処かに行って、一度、ちゃんと診てもらった方がいいんじゃないかしら?」

 「だって・・・」

 「だってじゃないでしょ。あなた折角アナウンサーに登用されたんだから、もっとそのことを喜びなさいって。私なんかこうやって、いまだに小間使いのまま。嫌んなるったらありゃしないわ」

 「だってね、私最近・・・」

 「邪魔邪魔。仕事の邪魔しないで。今度ゆっくり話は聞くからさ。んじゃぁね」

 アイボリーはケーブルの束をジャラジャラと振りながら行ってしまった。本人は手を振ったつもりなのだろうけど。カナリーは喉まで出かかっていた言葉を飲み込むしかなく、一人残された廊下でため息をつくのだった。


     *


 高度に発展した未来。そこでは、あらゆる場面に調和が浸透していた。調和こそが全ての根幹を成す最重要事項で、皆の行動はその範疇を決して逸脱することが無い。誰かを羨んだりする卑しい心は、自分に与えられたを越えて何かを求めることから生まれるものだ。それを知っているからこそ、皆は現状を変えることを消極的に否定するのだった。


 管理されている?


 いいや、ここでは誰も管理などしていないし、されてもいない。皆が自主的に、そこにとどまっているのだ。皆が現状を有るべきものと捉え、そのあるべき姿に自分を適合させている。そうすることが、さも当たり前だというように。そうすることが、自分に課せられた使命であるかの如く。自分らには、そうする以外の選択肢は無いのだと信じているのだった。


 そんな世界で「もっと他に出来ること」とは、調和からの逸脱なのだろうか?


 カナリーには判らなかった。それを捜すという行為自体が、侵さざる禁を破ることなのかもしれないといった、漠然とした不安が付きまとうことは自覚している。それでも心に浮かんだ疑問の答えが知りたい。カナリーはそう思うのだった。

 かつては強大な神々とそれぞれの国が別個に存在し、この星を分割統治していたと言われている。神たちは互いにいさかい、騙し、殺し合いを繰り広げていたという。右を見る神と左を見る神。持てる神と持たざる神。あらゆる神が己の欲望のままに相手からの略奪を繰り広げ、そんな永き混乱の時代の果てに、遂に調和を見出した。そこに平和を求めたのだった。

 従って、調和を乱す者は厳しく排除され、そのシステムに適応できる者のみが生き残る権利を得た。カナリーたちはその末裔だと言われている。

 そんな神々の教えを頑なに守り、伝え続けてきたのが今の社会だ。だけど今となっては、その神々を見たことの有る者などいない。これが神々の望んだ理想郷なのだろうか? カナリーには判らないのだった。

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