第7話 Baby love(7)

志奈子とはこの家に出入りするようになって、何年ものつきあいで



年のころは50を越えたところだが、『肝っ玉母さん』そのものな人で



いつも圧倒されていた。




いきなり赤ん坊と哺乳瓶を手渡された斯波の戸惑いを読み取った絵梨沙は



「あっと・・よかったら・・あたしが、」



と、その役割を代わろうとした。



「へ? あっ・・いや、」



自分の子供の面倒を人に押し付けるのもなんだと思い



「確かに・・真尋が帰ってくるまでヒマだから・・」



仕方なく翔にミルクをやることになってしまった。





翔はミルクをジッと見て手を出してきた。



「おなかが空いているみたいですよ・・」



絵梨沙はおそるおそる先行きを見守った。



「あ・・うん・・」



斯波はこわごわと翔にミルクを飲ませ始めると



もう欠食児童のようにゴクゴクと飲み始めたので驚いた。




もともと萌香は母乳だけで育てていたのだが



恐らく彼女は職場復帰をすることをずっと前から考えていて、少しずつミルクに切り替えていた。



母乳の時はもちろん自分がすることはなく



ミルクになってからもそれは同じだった。



初めて自分の手から我が子にミルクをやった。



もう4ヶ月になろうという翔は哺乳瓶に手をかけて美味しそうにミルクを飲んでいた。



「翔くんはちゃーんと時間が来るとおなかが空いて、ミルクをゴクゴク飲んで。 そのあとはコテっと寝ちゃうからすっごく楽だって美和子さん言ってました。 柊はミルクの途中で寝ちゃったりするから、すぐにおなかが空いて泣いちゃって。」



絵梨沙は愛しそうに翔を見た。



「あ・・そうなんだ・・」



斯波はそんな話をされてもどぎまぎしてしまう。



自分の子供とはいえ、全く育児に関わってこなかった。



翔がどのくらいミルクを飲むとか、そんなこともわからずに。



ものすごい速さでミルクはなくなった。



翔は満足そうにふーっと息をついた。



「全力疾走したくらいの勢いだな・・」



斯波の言葉に絵梨沙は笑ってしまった。




「飲んだ後は。 こうして立て抱きにしてゲップをさせてあげないと、」



「え? 立て抱き???」



「こうやって、」



絵梨沙が手助けをしてやった。



「背中をさすってやるといいですよ、」



「え??? こう???」



その仕草があまりにぎこちなくて、



「斯波さんも全然赤ちゃんのお世話をしない人ですねー、」



絵梨沙はいたずらっぽく笑ってからかった。



「・・べ、別に。 なんもしないってわけじゃ。 おれが帰るのが遅いから、全部萌が・・」



ちょっと赤面して言い訳をした。



「真尋も。 なんもしない人ですから。 子供が泣いてると、あたしがどんなに遠くにいても呼びにくるし、」



それには笑ってしまった。



背中をトントンとしてやると、翔は気持ち良さそうにゲップをしたあとウトウトしはじめた。



「ほんと。 おとなしくていいコですよね~~~。 かわいい、」



その寝顔を見て絵梨沙は頭をそっと撫でた。



小さな小さな手で自分のシャツをぎゅっと掴んで



なんともいえない甘い匂いが漂って



斯波は今までに経験したことのない



内臓のどこかをぎゅっと掴まれたような感覚に陥っていた。



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