四話 秘密の初恋 6

 蒼治郎は三階のドアを開けた。中は十五畳くらいの、広々としたフローリングの部屋だった。

 ……ん?

 部屋を見た瞬間、違和感があった。

 汚れているわけでも、散らかっているわけでもない。俺がイメージする蒼治郎らしく、洗練されたインテリアが整然と置かれていた。

 でも、部屋全体が、妙にパステル調だった。

 しかも家具は曲線で角がないものばかりだ。

 つまり、女性的な部屋なのだ。

「蒼治郎の部屋って、可愛いな」

 なんとコメントしていいのか困ったが、正解だったようだ。蒼治郎は表情を輝かせた。

「気に入ってもらえると嬉しい。僕は可愛いものが好きなんだ」

「そ、そうなんだ」

 どうしたことだろう。蒼治郎を知れば知るほど、外見とのギャップに戸惑うことになる。

 トントン、とドアがノックされた。

 蒼治郎が返事をすると、さっきの家政婦さんが入ってきた。部屋の中央にある四つ葉のクローバー型のテーブルに、クッキーとマフィン、そして温かいコーヒーを置いて、部屋を出ていった。

「食べながら話そう」

 俺たちはテーブルを挟んで向き合って座った。置かれていたクッションがまた、ふわふわの大きな苺だった。

 蒼治郎はコーヒーに角砂糖三つとミルクを入れて、ひと口飲んだ。薄々気づいていたけど、蒼治郎は甘党のようだ。

「先に、小二の時の僕の写真を見せる」

 近くからアルバムを取り出した。俺に見せるために準備していたのだろう。

「うわあ、超美少女」

 ページを開くと、サラサラのショートヘアで、目元が涼やかな美少女が写っていた。

 いや、蒼治郎が「僕の写真」と言って渡してきたんだから、これは蒼治郎なのだろう。

 だけど、そう聞かされていても男には見えない。

 この美少女が八年経つと蒼治郎になるんだな。世の理はどこいった。早回しで成長過程を観察したい。

「……少し、思い出してきた」

 白いワンピースを着ていたのは、写真に写っている子と同じ顔だった気がする。

 ペラペラとアルバムをめくっていると、気になることがもう一つあった。

 馬に乗っていたり海の砂浜にいたりと行楽に出かけているようだけど、写真に写っているのは、いつも蒼治郎一人だった。

「家族が写ってないね」

「家族旅行をしたことは一度もないからな。いつも家政婦さんが連れて行ってくれた」

 蒼治郎は八年前、いつも一人だと言っていた。

「それで、スカートをはいていた理由は?」

 蒼治郎の話は、こうだった。

 小学二年の時、クラスで演劇をすることになった。演目は白雪姫だ。発表会の当日、主人公の女の子が病欠した。そこで急遽、蒼治郎が白雪姫をすることになった。女の子に見えるし、台詞が全て頭に入っていたからだ。蒼治郎は一度でも見聞きしたものを忘れない特技がある。

 後日、芝居の写真を両親に見せると、父親が激怒した。唯一の跡継ぎだというのに、いつまでも男らしくならない蒼治郎を由々しく思っていた。そこにきての女装が父親の逆鱗に触れたのだ。

 蒼治郎は、庭のプレハブに閉じ込められた。

 当時、プレハブにはドアノブがついていて、外から鍵をかけられた。しかし蒼治郎は工具でドアノブを外し、あっさり出てきた。これがまた父親を怒らせた。

 しかし蒼治郎はこの時、嬉しかったのだという。

 蒼治郎の世話は家政婦に任せきりで、両親と顔を合わせることすら殆どなかった。学校行事ももちろん来ない。蒼治郎は淋しかったのだ。

 そこで蒼治郎はまた叱られたいと、クラスメイトから借りたスカートを着て、父親の帰宅を待った。そして再びプレハブに閉じ込められた。前回のことがあり、父親はドアノブが存在しないドアに変えていた。

 ――これが、出口のないプレハブができた経緯だ。

「俺と会ったのは、その時なんだね」

「そうだ。僕たちは名乗り合っているし、性別も偽っていない。昴が間違って記憶してしまっただけだ」

 壁に名前を刻んでいたのだから、確かに名乗り合っていたのだろう。

「俺が転校してきた日、すぐに気づいたんでしょ。声をかけてくれたらよかったのに」

 俺はブラックのままコーヒーを飲んで、ため息をついた。もっと早く“あの子”が蒼治郎だとわかっていれば、傷が浅くすんだものを。

「僕は、昴に思い出してほしかったんだ」

 蒼治郎はカップをテーブルに置いて、俺を見た。

「僕はずっと覚えていたのに、待っていたのに、昴はすっかり僕のことを忘れていたから」

 蒼治郎があまりに淋しそうな顔をするので、俺は慌てた。

「俺だって忘れてなかったよ。だけど遠くに引っ越しちゃったし、マスコットだけじゃ場所がわからなかったんだ」

「それは反省している。温度変化で文字が表示されることに気づかないなんて思わなかったんだ」

「さりげなくディスるの、やめてくれないかな」

 俺は呻きながら胸を押さえた。

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