四話 秘密の初恋 5

 俺はもう一度ライトで周辺を照らして、使えそうな道具を確認した。

「……あっ、これを使ったのか!」

 閃いた。記憶とも重なる。

 俺はシャッター棒を持ち上げて、フックの先を穴に差し込んだ。力を込めて引っ張る。ドアと壁の隙間がほとんどないからか、かなり頑丈だ。更に引っ張るとドアはギシギシと音を立て……。

「開いた!」

 外は薄暗くなり始めていたけど、プレハブ内の暗闇に比べれば明るい。なんだか、ステージでスポットライトを浴びているような昂揚感だ。

 そうか。あの日、二人でシャッター棒を引っ張ったんだな。

 思い出してみれば、なんてことのない脱出方法だったけれど。

 八年分らなかった謎がやっと解けた。

「スッキリした!」

 俺は両拳を突き上げた。

「蒼治郎、やったよ!」

「よかったな」

 俺が振り向くと、蒼治郎は微笑んでいた。

 その表情が、なにかと重なりそうになる。

「えっ」

 俺は、それを拒否した。

 待って待って。いや、まさか、だって。

「どうした」

 蒼治郎は真っ直ぐに俺を見つめてくる。その切れ長の目元は……。

 一度動き出した記憶の欠片は、つられたように次々とあふれてきた。

 俺は出てきたばかりのプレハブ内に戻った。

 泣いている俺にハンカチを差し出してくれたあの子は、白いワンピースを着ていた。俺の愚痴を聞いて、共感し、励ましてくれた。

「つらかったね」

「うちの親も勝手なんだ」

「ぼくは、いつも一人だ」

「同じ境遇だからわかるよ」

「女の子みたいだって、よくからかわれる」

「ぼくたちは似てるね」

「ずっと友達でいようね」

 ――全部、あの子の言葉だ。

「仲良くなった記念に……」

 当時の記憶の中の俺と、今の俺の声が重なる。

 そうだ、俺たちは壁に、石を使って名前を彫った。

 二人しゃがんで、スマホのライトを交互に持って。

 俺はプレハブ内の壁を見回した。だけど、どこにも名前なんてない。

 記憶違いか。

「いや」

 俺は壁際の木箱を動かした。


 昴

 蒼治郎


 俺は力が抜けて、しゃがみこんだ。

 ――初めから、“あの子”は目の前にいた。

「早く言ってよ……」

 部屋が暗くなった。ドアから差し込む光を、後ろに立つ蒼治郎が遮っているんだ。

「昴」

 手が差し伸べられる。その手を握ると、力強く引き上げられた。

「久しぶりだな、昴」

「ひどいよ、蒼治郎」

 満面の笑みを浮かべる蒼治郎の胸を軽く叩いた。俺は苦笑いだ。

 あの子が判明して嬉しい気持ちと、近くにいたのに気付けなかった気恥ずかしさと、あの子が男だったショックと……。様々な気持ちがない交ぜになって、俺は混乱していた。

「俺の記憶が正しければ、“あの子”はスカートをはいていたはずなんだけど」

「説明する。僕の部屋に移動しよう」

 この敷地の裏側に回ると、大きな一軒家の玄関に到着した。なんてことはない、さっきのプレハブは、蒼治郎の家のものだったのだ。

「蒼治郎って、一人っ子って言ってたよね。三人暮らし?」

 三階建ての要塞のような家だった。どれだけ部屋を持て余してるんだ。

「あと、住込みの家政婦さんが一人」

 玄関を開けると、エプロンをつけた五十代くらいの白髪交じりの女性がやってきて「おかえりなさいませ、蒼治郎様」と頭を下げた。

 うわあ、蒼治郎様だって。リアル家政婦だ。ドラマでしか見たことなかったよ。

「頼んでいたもの、後で持って来て」

「はい」

 六畳はある玄関はバリアフリーになっていた。着物のような繊細な柄の入った大きな花瓶に、ザクロの木やススキなどの秋らしいの生花がいけてあった。壁には、絵に疎い俺でも見覚えのある絵画が飾られている。さすがにレプリカだよな?

 廊下は毛足の長い絨毯が敷かれ、まるで一流ホテルのようだった。

 蒼治郎の家って、想像以上に金持ちだ。

「入って」

 蒼治郎に促され、「お邪魔します」と声をかけながら上がった。隅々まで掃除が行き届いているようで、埃ひとつない。

「どうぞ」

 蒼治郎は三階のドアを開けた。中は十五畳くらいの、広々としたフローリングの部屋だった。

 ……ん?

 部屋を見た瞬間、違和感があった。

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