四話 秘密の初恋 3
「すみません、これを知りませんか?」
俺はストラップを見せた。女性はクジラを手に取って、目を細める。
「あら懐かしい、色が変わるマスコットでしょ。これは中町クリニックのころ、創業四十周年のお祝いに作って、身内だけに配ったものですよ」
「そうなんですか!」
やった! やっとストラップを知っている人に会えた!
「八年前、同じ年くらいの女の子に、これをもらったんです。くれた子を探しているんです」
女性は考える仕草をする。
「失礼ですけど、おいくつですか?」
「十六才です。高一です。鈴木昴と言います」
「今年、高校一年生の、女の子」
女性は「わからないわねえ」と首をひねった。
「可愛いマスコットだから、従業員の誰かが、プレゼントに使ったのかもしれませんね」
演劇部の部長さんも、親がマスコットをもらって来たと言っていた。病院関係者に絞られたと思ったが、これでは誰がマスコットを持っていても不思議ではない。
やっぱり、だめなのか。
俺はガッカリして肩を落とした。
ゴールは直前だと思っていたのに、また闇の中に消えてしまった。
「古参のスタッフに確認しておくから、もしわかったら連絡するわね」
俺が動かないので、その女性も仕事に戻れないようだ。優しくしてくれた女性にこれ以上迷惑はかけられない。
俺は連絡先を伝え、病院を出た。
気力で歩いたものの、自動ドアを抜けると、俺はしゃがみこんでしまった。
「はああぁ……」
盛大な溜息と一緒に声が出てしまう。
自分で思っていたよりショックを受けていたようだ。
俺はスマホが入っている胸ポケットに手を当てた。
もう、なり振り構ってはいられない。
俺は蒼治郎に電話をし、プレハブに案内してほしいと頼んだ。
すぐに電話に出た蒼治郎は快諾してくれて、三十分後に中町にあるコンビニで待ち合わせることになった。
スマホアプリでコンビニの場所を確認すると、病院から徒歩三分ほどだ。すごく近い。
コンビニで買った缶コーヒーを飲みながら蒼治郎を待っていると、ネイビーのVネックのサマーセーターとジーンズという私服姿で現れた。香水なのか甘い匂いがする。
蒼治郎の私服は初めて見たけど、スタイルがいいとラフな服装でもモデルのようだ。
「待たせたな」
「ぜんぜん、三十分ピッタリだよ。それに頼んだのは俺だから」
二人で移動しようとしていると、コンビニの自動ドアが開いた。二才くらいの男の子が飛び出してきたかと思うと、派手に転んだ。
「うう、う……」
男の子は今にも泣きそうだ。
「大丈夫か」
蒼治郎は軽々と男の子を抱き上げた。体格差がありすぎて、蒼治郎が若いパパのように見える。
「すりむいてないし、内出血もない。どこか痛い?」
「おひざとね、て……」
「よく言えたな、偉いぞ」
蒼治郎は片腕で男の子を支えると、空いている手で男の子の小さい手や膝を擦っている。いくら子供が小さいからといって、俺では片腕で抱えられないだろう。巨体のなせる業だ。
「たかい!」
そのうち男の子は痛みよりも、蒼治郎に抱えられて、いつもと違う景色が見えていることに関心が移ったようだ。
「高い所、好きか?」
「うんっ」
「そうか」
蒼治郎は男の子の両脇に手を入れて、高い高いをした。男の子はきゃっきゃと喜んでいる。子供の笑顔につられているのか、蒼治郎も優しい笑顔を浮かべていた。
そのうちに母親が来て、蒼治郎に礼をして去っていった。
「蒼治郎って、子供の扱い上手いんだね」
「そうでもない」
蒼治郎は苦笑して歩き出した。俺は蒼治郎に並んで歩く。
「僕は子供が好きなんだ。将来は小児科医になりたい」
「あれ、外科じゃなかったの?」
確か、ミッチーはそう言っていたはずだけど。
「僕は外科医志望だと言ったことはない」
だとしたら、ミッチーがイメージだけで発言していたってことだ。とはいえ、俺も蒼治郎は小児科医より外科医のほうが似合う気がするけど。
「小児科も向いてるんじゃない? さっきの子、すぐに泣きやんだしね」
「いや。さっきのはレアケースだ」
蒼治郎は大きく眉を下げた。
「身体が大きいというだけで子供に怖がられる。近づくと泣く。触ると泣く。僕の顔を見て泣く。抱きかかえると逆効果で号泣される。声が低いせいか、声をかけただけで泣かれたこともある」
めっちゃ泣かせてるな。
「蒼治郎は子供に近づかない方がよさそうだね」
「そういうわけにはいかないだろう。僕は小児科医になりたいのに」
蒼治郎は溜息をついた。
「昴が羨ましい。子供も含めて万人に好感を持たれる容姿をしている。できるなら交換したい」
「……」
俺は目や口をぽかんと開けて、蒼治郎を凝視した。
以前、身長の低いところが羨ましいと言われて、思い切り蒼治郎を蹴ったことがあった。悪質な冗談だと思ったからだ。
あれは本気だったのか。悪いことをしたな。
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