三話 消えた絵 6

 翌日の放課後。

 俺と蒼治郎と幸子ちゃんが教室を出ようとしていると、ミッチーに声を掛けられた。

「昴、大変! ……あれ?」

 俺の胸元を見て、ミッチーの勢いが止まった。

「どうかした?」

「これが落ちてたから、昴が困ってると思って」

 ミッチーが手の平に乗せているのは、クジラのストラップだった。

「えっ、どうしたの、それ」

 俺は慌てて胸元に手を当てた。スマホのストラップは、ちゃんとある。

「教室の前の廊下に落ちてた」

「同じ、だね」

 幸子ちゃんが二つのストラップを見比べて言った。

 確かに同じ物だ。ただし、ミッチーの持っているクジラは鮮やかな青で、新品のようだった。

 これが廊下に落ちているなんて、どういうことだろう?

 突然のことに混乱してしまって、うまく頭が回らない。

「昴が探してる人って、案外近くにいるんじゃねえの?」

「どうして?」

 ミッチーの言葉にドキリとした。遥ちゃんの顔が浮かぶ。

「これってさ、『早く気づいて』っていう、メッセージのような気がするな。オレは」

 ミッチーにクジラを手渡された。

 そうなのだろうか。

 遥ちゃんが知らない素振りをしているのは演技なのだろうか。俺のアプローチが悪いのか。

 そろそろ俺の想い出にも、決着をつけなければいけない。

 俺はクジラを握った。

 その前に、幸子ちゃんの絵を取り戻さないと。

「ところで、三人でどこに行くんだ? この組み合わせって珍しいな」

 ミッチーが尋ねてくる。「これから絵を盗んだ犯人に会いに行きます」と言っていいのかわからないので、俺は幸子ちゃんを見た。蒼治郎も黙って幸子ちゃんを見ている。

 幸子ちゃんは気まずそうに視線を落とした。

「あれ、言えないの? オレって空気を読む男だから、黙って立ち去ってやってもいいんだけどさ」

 ミッチーはしゃがんで、からかうように幸子ちゃんの顔を覗き込んだ。

「じゃ、じゃあ、ミックン、どっか行って」

 幸子ちゃんは全身の勇気を振り絞るように言い放った。

 おお、幸子ちゃん頑張ってる。

「ああ? 誰に口きいてんだ。ん?」

 ミッチーが幸子ちゃんの柔らかそうな頬を引っ張ると、大福のように伸びた。「いたたた」と言いながら、幸子ちゃんはミッチーの手を外そうと抵抗している。

 黙って立ち去るんじゃなかったのか、理不尽な。

「幸子ちゃんイヤがってるでしょ」

 じゃれているようにも見えるけど、一応、止めておいた。

 結局ミッチーは、文化祭に出品した絵が盗まれたこと、これから取り戻しに行くことを、幸子ちゃんから聞きだした。

「なんだよ。それならオレに一番に報告すべきだろうが」

 なんでミッチーに報告しなきゃならないんだ。クラス委員だからか、幼馴染みだからなのか。

 とにかく不機嫌になったミッチーは、俺たちについてくると言って譲らなかった。

「あれ、こっちじゃないの?」

 教室を出て三年生の教室に行こうとすると、蒼治郎は反対方向に歩き出した。蒼治郎は首を振り、戻ってきて俺の耳元で囁いた。

「はあ? そういうことは早く言えよ!」

 今回ばかりは、蒼治郎よりも早く解決できたと思ったのに!

 俺が地団太を踏んでいると、蒼治郎がポンと俺の頭に手をのせた。

「昴のおかげだ。あの検証で確信した」

 それ、慰めになってないからな。

 隣のクラスで森美千代を呼び出して、人の少ない最上階の踊り場に移動した。

「こんな大人数で、なに?」

 森さんの表情は強張っている。長身男が二人もいるし、これじゃあ圧迫面接みたいで気の毒だ。

 とはいえ、森さんが絵を盗んでいるのなら、仕方がない。

「あ、あたしの絵、返して、くださいっ」

 幸子ちゃんは眉を下げ、必死な表情で訴えた。

「なんのこと? 私はちゃんと協力したのに。演劇部のファンの子たちに会ってないの?」

 森さんは怒ったような表情で俺を睨んできた。

「会って話を聞いたよ。月曜の夕方六時頃、美術部の教室に明かりがついたって」

「それで、私を見たって言ってるの?」

「ううん。誰も見ていないんだ。電気はついたけど、すぐに消えたそうだよ」

「だったら、どうして私を犯人扱いするのよ」

 森さんは、今度は呆れたような表情になった。

「俺は初め、絵を持ち出したのは身長が低い人だと思ったんだ。窓際の棚より低ければ、外からは見えないから」

 初めと言うより、ついさっきまで、と言った方が正確なんだけど。

 森さんは「わかってるじゃない」とでも言うように表情を緩めた。

「でも違った。棚に隠れるように屈めば、外から姿を見られることなく、誰でも絵を盗める」

「ふうん、誰でも。それならますます、私だって特定できないわけね」

 森さんは俺たち四人を見回した。気が強い人のようだ。

 俺は蒼治郎を見上げた。見抜いた本人が説明する方がいいだろう。

 蒼治郎は俺の意図を察したようで、「了解」という視線を送ってきた。そして森さんに顔を向ける。

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