三話 消えた絵 5

「あっ、あれって月曜日じゃないかな。電気だけついた日」

「電気だけ点いた?」

 二人の話は、こうだった。

 二人はほぼ毎日、夕方五時前後に来て、ここから演劇部を見ているという。

 文化祭以降、美術部の明かりが点いていたことはなかったが、月曜日は、暗い教室に電気が点いたという。

 だけど、部屋に入ってきた人物は見えず、電気もすぐに消えたので、「なんだったんだ?」と気になったらしい。

「電気がついてた時間は、二、三分くらいかな」

「ドアは開閉していたから、誰か入ってきたことは間違いないんだけど」

「その時間は、六時くらいだったと思うよ。辺りはすっかり暗くなってたから」

 スマホで時間を確認すると、現在五時五十分。少し前まで見えていた夕日の姿は完全に消えて、周囲は暗くなっていた。

「六時頃、誰かが美術部に入ったってことだね。電気がついたのは、そのときだけ?」

 俺が促すと、二人はうなずいた。

「私たち八時頃に帰ったんだけど、その間はずっと暗かったと思うよ」

「電気がつけば、気づくよね」

 二人には他にも質問したけれど、有効そうな情報は出なかった。俺たちはお礼を言って二人から離れた。

「電気がついたのに人が見えないって、どういうことだろう?」

 演劇部に目を向けると、部室内には数人が立っていて、残りの人は椅子に座って壁際にいるのが、はっきりと見える。

 それから隣の真っ暗な美術部に目を向けた。数日前に入った時と同じく、カーテンは全開だ。それに、窓際に置かれた棚が窓の下数十センチを塞いでいるのがかろうじて見えるのみで、教室の奥は暗くて見えない。

「電気さえつけば、人が見えないはずないのに」

「棚があるせいだろう」

「え?」

 俺はもう一度美術部を見た。

「そうか、棚が人を隠していたのか」

 あの棚は、俺より五センチほど低かった。つまり、高さ百五十五センチ。

 ということは……。

「ああっ!」

 俺は大声を出した。数メートル離れた女子二名も驚いた様子で俺を振り返る。

「蒼治郎、俺、わかったかも!」

 嬉しくて、蒼治郎の両腕を掴んで揺すった。人の身長がわかる特技が役に立つ日が来るとは。

「でも、一応、検証してみよう」

 俺は電柱に手を置いた。百六十二センチ。中町さんファンの二人のうち、高い方の身長だ。

「蒼治郎の頭、この位置にして」

 蒼治郎は大人しく従ってくれる。窮屈そうに膝を曲げて頭の位置を合わせると、電柱に背中を預けるようにして足を投げ出した。

 ちっ、無駄に足が長いな。犬に電柱だと間違えられて、おしっこかけられろ!

 羨ましすぎてそんな考えがよぎったけど、長時間その姿勢でいるのは可哀想だから急いであげよう。

「そのまま待っててね」

 そう言い残して、俺は美術部に走った。ドアについた南京錠を外して中に入る。電気を付けてから、蒼治郎に電話をかけた。

「俺が見える?」

「ああ、頭だけ」

 俺の方からは蒼治郎は見えない。室内外の明暗差により、窓が鏡のようになって室内を映しているからだ。

「じゃあ、俺の拳は?」

 俺は頭の少し上で手を握った。この高さは百六十六センチ。森さんの身長だ。

「見える」

 そりゃそうだろう。

 次が本番だ。

 俺は少し膝を曲げた。百五十二センチ。山本先輩の身長だった。

「俺のこと、見える?」

「いや、見えない」

 やっぱり!

「しゃがんだまま移動してみる」

 蒼治郎に告げて、俺はその高さを保ったまま、ゆっくりと歩いた。

 途中、三年が絵の具をこぼしたタイルの上を通った。絵具はすっかり固まっている。

 幸子ちゃんの絵が置かれていたイーゼルまでたどり着いたが、その間、蒼治郎の視界に俺は入らなかった。

「蒼治郎、もう立っていいよ」

 美術部を元の状態に戻して、俺は蒼治郎と合流した。

「絵を盗った人、わかったね」

「そうだな」

 蒼治郎は美術部に顔を向けながら目を細めた。その表情は、回想しているようにも見えなくもない。

「よし、明日は幸子ちゃんと一緒に、絵を返してもらいに行こう」

 興奮が冷めやらないまま、蒼治郎と別れた。


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