三話 消えた絵 4

「蒼治郎は、誰が犯人かわかった?」

 時間を潰すため、俺と蒼治郎は放課後の教室に残っていた。

 俺たちしかいない教室は、窓から差し込んだ夕日でオレンジ色に染まっていた。校庭からは運動部の掛け声が聞こえてくる。

「美術部員の仕業なら、山本先輩か森の二択だ。ただし、美術部員が鍵の秘密を誰かに教えて、持ち出しを委託していればお手上げだな」

 もしそうなら、確かめようがない。

「先輩と森さんが白確定したら、幸子ちゃんにごめんをしなきゃいけないね」

「幸子に頼まれたのは犯人探しじゃない。美術部員が関わっているのは間違いないから、返却するよう働きかけるのもいいだろう」

 言われてみれば、幸子ちゃんに頼まれたのは絵を取り戻すことだ。ならば、別のアプローチもありそうだ。

「でもなあ。『問題にしないから絵を返して』、とか言うくらいで返してくれるなら、そもそも盗んでないでしょ」

「そうかもな」

 蒼治郎は俺の机に肘を乗せて、頬杖をついている。通った鼻梁の影が頬にかかって、彫りの深さが際立っていた。

 表情が乏しいのも相まって、なんだか美術部で見たどの石膏像よりも作り物っぽい。

「そういえば、どんな絵なのか、聞いてないね」

 俺の声に反応して、蒼治郎は視線だけこちらに向けた。

「もし幸子ちゃんに嫌がらせをしたいだけなら、絵を汚したり破ったりした方が早いし、リスクもないでしょ。なのに持ち去るって、よほどその絵が欲しかったんじゃないかな」

「だとしたら」

 蒼治郎は視線を落とした。

「……それほどまで欲しいものがあるのは、羨ましい」

 息混じりの小さな声だった。

 蒼治郎の胸の内を聞いた気がして、ドキリとした。

「蒼治郎は欲しいものはないの?」

「ないわけじゃないが、本当に欲しいものは、努力で得られる類じゃないからな」

 へえ。なんか、俺の身長みたいだな。

 蒼治郎とは容姿も性格も違うけど、似ていると感じることがあるんだよね。何事にも執着しないようなところとか。

 引っ越しを繰り返した俺は、諦めが早くなっていた。欲しいと望んでも叶わないからだ。

“あの子探し”に固執しているのは、俺としては珍しい。

「そろそろ行こうか」

 俺は蒼治郎を促して立ち上がった。

 時刻は夕方の五時半になった。

 俺たちは正門を出て、学校の裏手に回った。美術部の窓が見える公道だ。オレンジ色だった空は藍色に浸食され、民家や学校の教室に電気が点き始めている。

「本当に、いた」

 フェンス越しに美術部が見える歩道。正確には、美術部の隣、演劇部の部室前に、他校の制服を着た女子が二人立っている。

「すみません、お話を伺っていいですか?」

 俺が笑顔で話しかけると、二人は会話をやめてこちらを見た。そして蒼治郎を見上げて頬を染め、そのまま「いいよ」と答える。

 おいおい、声をかけたのは俺なんだけど。

「中町さんのファンなんですか?」

 中町さんは遥ちゃんのお兄さんで、肉体美を誇る演劇部のエースだ。

「うん。ここから練習風景を見てるの。声が聞こえたり、着替えるのが見えることもあるんだよ」

「かっこいいよね。超触りたい!」

 きゃっきゃと二人は黄色い声を出した。確かに今も、演劇部がなにか稽古をしている様子が窓越しに見える。

 いや、着替えって……。

 ちょっと引きそうになったけど、演劇部にはしっかり者の部長さんがいる。ファンが見ているのを知っていて、あえてカーテンを閉めていないのかもしれない。着替えというのも、実は意図したファンサービスだったりして。

「もしかして、ここで見学するのダメだって、注意しにきたんですか?」

「違う違う。もし今週の月曜日も来ていたなら、聞きたいことがあるんだ」

「月曜日なら、うん、来たよ」

 一人が記憶をたどるかのように、視線を空に向けながら答えた。

 やった!

 美術部でトラブルがあったとだけ伝えて、協力を促した。

「月曜日の夕方、美術部に誰か来ませんでしたか?」

「どうだったかな……」

 二人は首を捻ったり、指を額に当てたりして、思い出そうとしてくれる。

 でも、お目当ての演劇部に夢中で、隣の美術部は眼中になかったのかもしれない。

 因みに演劇部は地区大会が近いため、修学旅行は公休にして、月曜日は二年生も部活をしていたそうだ。

「あっ、あれって月曜日じゃないかな。電気だけついた日」

「ああ、そういえば」

「電気だけ点いた?」

 二人の話は、こうだった。

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