二話 剣を失ったスパルタカス 13
「ところで、きみは転校生?」
突然、俺に話を振ってきた。
「なぜわかったんですか?」
「この学校の全ての生徒を、一通りチェックしたからだ。優秀な人材集めも私の仕事だ」
すごい熱意だ、……けど、やっぱり変わっている。
「はい、二学期から。鈴木昴と言います」
「今朝も思ったんだが、可愛らしい顔をしている。うちにはいないタイプだ。どうだ、演劇部に入らないか?」
指先でヒョイと顎を取られて、至近距離でまじまじと見つめられた。俺はびっくりして固まる。
顎クイなんて漫画のようなことをする人が実際にいるなんて!
「い、いえ。遠慮します」
「そうか、残念だ」
部長はあっさり手を離した。
「中町の妹と彼は、以前勧誘して、既に断られている」
遥ちゃんと蒼治郎のことだ。二人ともちょっとどころの容姿の整い方じゃないから、声をかけたくなる気持ちはわかる。
だけど演劇部って、部員が多いのではなかったのか。人材不足なのだろうか。
「それにしても、きみ、あんな特技があると思わなかった。本当に天才かもしれない。やはり演劇部に入らないか?」
部長さんは蒼治郎の手を両手でぎゅっと握った。俺に声をかけたときとは、目のギラつきが違う。
「僕に芝居はできません」
蒼治郎は、やんわりと部長さんの手を外した。
「僕は感情表現が苦手ですし、リズム感もなく、運動神経にいたってはゼロと言っても過言ではありません。体育祭では僕のいるチームは必ず最下位になることから、疫病神と呼ばれて怖れられました。改善しようと身体を鍛えてみたのですが、変わりません」
蒼治郎は淡々と告げる。ミッチーと遥ちゃんは知っているのか、神妙な顔でウムウムとうなずいていた。
蒼治郎は服越しでもわかる引き締まった身体をしているから、スポーツは得意そうだし、小さな虫に脅えるようにはとても見えない。
なんという、張りぼてな男だろうか。
いや、それは失礼な話か。こちらが勝手に、蒼治郎を見た目で判断しているだけなのだ。
ホント、長所も短所も極端な奴だ。
なんだか笑いがこみ上げてきた。
背が高いってだけで妬ましく、どこか距離を感じていた。俺の一方的な執着だってわかっているからこそ、余計に拘っていた。
でもやっぱり、完璧な人間なんていないよな。
これからは、もっと蒼治郎と仲良くなれる気がする。
「俺、蒼治郎のことを羨ましくなくなってきたよ」
「僕のことが、羨ましい?」
蒼治郎は驚いた顔をする。
やめろよ。聞き返されると恥ずかしい。
「なんでもない。気にしないで」
「僕は、昴が羨ましい」
「えっ、なんで? どこが?」
思わず食いついてしまった。
今まで、可愛いとか小さいなどと揶揄されこそすれ、羨ましいなんて言われたことは一度もなかった。まして、一見完璧に見える蒼治郎が、俺のどこに羨ましがる要素を見出したというのか。
俺はドキドキして、蒼治郎の言葉を待った。
蒼治郎は俺をじっと見て、口を開く。
「童顔で身長が低いところ」
次の瞬間、脊髄反射で立ち上がって蒼治郎の向こう脛を思いきり蹴とばしていた。
「どうどう、昴」
追加攻撃を食らわさんとする俺を、ミッチーが羽交い絞めにした。
「落ち着け、相手は瀕死だ」
蒼治郎は身体を丸めて、悶絶しそうなほど痛がっていた。
俺は謝らないぞ! 今のは絶対に蒼治郎が悪い!
「きみたち、おもしろいな」
見世物じゃない!
「しかし、残念だな。きみには華がある。さっきも言ったが、華は誰にでもあるものではないんだ。喋らなくても、動かなくてもいい。主演のきみは、ずっと“そこにいる存在”であればいいんだ。そんな戯曲を私が書くから、出演してみないか?」
部長さんは蒼治郎を諦めきれないようだ。
蒼治郎は足を押さえたまま、ふるふると首を振った。まだ痛くて声を出せないらしい。
ちょっとやりすぎちゃったかな。お詫びにあとで、なにか奢ってやるか。謝らないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます