二話 剣を失ったスパルタカス 12

「仕方がない。とにかくこの公演は殺陣なしに……」

「剣は作れる」

 部長さんの言葉を、蒼治郎が遮った。

「三十分、いや、二十分もあればできる」

「どういうことだ」

 部長さんは蒼治郎を見上げた。中町さんも顔を上げる。

「そのたらいの中の低融点合金を再び熱湯で溶かして、剣の型に入れて固めればいい」

 ぬるくなったお湯につかった低融点合金は、底で固まりつつあるようだった。

「型なんて、どこにあるの?」

 遥ちゃんに聞かれた蒼治郎は、中町さんに視線を向けた。

「誰が持っているんですか?」

「誰? どこにあるのか聞くんじゃないの?」

 俺は蒼治郎に尋ねた。

「面倒なことは人に押し付ける性格のようだから、きっと低融点合金の長剣も、誰かに作らせたんだと思う」

「……化学部の友達に、頼んだ」

 気まずそうに中町さんは言葉を押し出した。

「おまえってやつは……」

 部長さんはガックリと肩を落とした。

「そうとわかれば、剣を作りに行こうぜ!」

 ミッチーがたらいを持ち上げた。

 部長さんに確認すると、剣が必要なシーンは、開演四十分後だという。それまでに剣を作って、戻らなければならない。

「剣を作る必要もないかもしれないな」

 四人で化学部に向かう途中、蒼治郎がそんなことを言った。

 ――蒼治郎の予想は当たった。

 シリコンゴムでの型取りに使った木の剣が、化学部に残っていたからだ。型取りが終わったら処分するよう中町さんに頼まれていた化学部員は「もったいない」と、剣を捨てずにいたという。

 俺たちは木の剣を持って、体育館に戻った。人をかき分けて移動するので、二十分ほどかかってしまったが、約束の時間よりも早い。

「ちょっとそこで待ってて、話がしたい」

 剣を渡すと、部長さんは一旦体育館の奥に消えて、すぐに戻ってきた。誰かに剣を託したのだろう。そして俺たちを外に促した。

 体育館の出入り口にある、日陰になっている石造りの階段に俺たちは腰掛けた。

 五人並んで座ることはできないから、上の段には部長さんと、彼女を挟むようにミッチーと遥ちゃん。下の段に俺と蒼治郎が座った。

 蒼治郎は部長さんたちを見やすいように階段に向かって横に座り、片膝を立て、外側の足を持て余すように地面に投げ出している。

 その足、余ってるなら分けてほしい。

「今回のことは感謝している。ありがとう」

 部長さんは頭を下げた。

 自然光で改めて見る部長さんは、やっぱり美人だ。甘く見えるウェーブの栗色の髪を、意思の強さを表すような猫目が引き締めていた。

「こちらこそ、お兄ちゃんがいつもご迷惑をおかけして、すみません」

 遥ちゃんも頭を下げた。

「さっき、そこの彼を主演にするようにと言ったのは、中町に灸を据えるためだろ?」

 部長さんは隣の遥ちゃんを見た。滑舌が良くて程よく声が低く、話すスピードも早すぎずに聞き取りやすい。耳にも心地よかった。舞台監督のようだけど、舞台に上がっていないのがもったいなく思う。スタイルもいいし、さぞや舞台映えするだろう。

「わかっちゃいましたか」

「あれだけ露骨な態度をしていればな。大丈夫、中町は抜けた奴だから、フリだとは気づいていないよ」

 あれだけ露骨なウインクに気づかなかった人が、俺の隣にもいるけどな。

「お兄ちゃんは目立ちたがり屋で人前で演じるのが大好きなだから、舞台を取り上げられると思ったら、心から反省してくれるだろうと思って。あんなですけど、芝居に対しては真剣ですし」

「さすが妹だな。そのとおりになった」

「油断大敵ですけどね。お兄ちゃん、喉元過ぎれば熱さを忘れますから」

「まったくだ」

 部長さんは苦笑した。

「本当に助かったよ。剣のことだけじゃない。むしろ、中町を改心させてくれたことが大きい」

 部長さんは足を組んで膝の上に肘を置き、細長い指を組んだ。

「あいつは入部時から目立っていた。見てのとおりの容姿だし、華があった。舞台映えする華というのは、容姿だけが要素ではないからな。意図して身につけようにも難しいんだ。舞台センスもあったし、ポテンシャルが高かった。先輩たちは喜んで、すぐに舞台に上げたし、ちやほやして甘やかした」

 部長はふうと息を吐く。

「それがいけなかった。自分の才能に胡坐をかいて努力をしなくなった。物事を自分中心に回そうとして、協調性がなくなって、我儘も多くなった」

 今日の中町さんの態度を見ていると、なんとなく想像がついた。

「この学校の演劇部は有名だ。舞台に立ちたくて入部してくる部員は多い。だから一年から舞台に立てる者は少ないんだ。私のような裏方希望はさておき、役者志望者にとって、一年から良い役をもらっている中町は嫉妬の対象だった。しかも、あの横柄な態度だ。このところ、中町に対する嫌がらせが始まっていた」

「穏やかじゃないスね」

 ミッチーは眉を顰めた。

「中町は大雑把な奴だから、どれくらい気づいていたのかはわからない。でも私は、大事になるんじゃないかと危惧していた。だからその前に、中町が心を入れ替えてくれてよかったと思う。いい薬になったよ。きっと、イタズラもなくなるだろう」

「心を入れ替えたんですか?」

 俺が聞く。そんなに横柄だった人が、この一度のことで改心するだろうか。

「ああ、芝居を見ればわかる。別人のようだったよ。きっと彼はいい役者になる。このままいけば、だけどな」

 部長さんはやれやれというように華奢な肩を上げるけれど、笑みがこぼれていた。ずっと中町さんを心配していたのだろう。


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