二話 剣を失ったスパルタカス 9
「剣がひとりでに消えるわけもあるまいし」
遥ちゃんと部長さんも、ううむと唸っている。
そう。消去法にすると、ミッチーしか残らないんだよな。
ミッチーは俺たちに背を向けて、たらいにお湯を入れていた。その際に、剣を身体の前に隠し持つことができそうだ。そのまま自分の身体で俺たちから死角を作り、剣を持ち去ることも可能だろう。
もう一人、ミッチーと同じようなポーズをしていた人がいる。
中町さんだ。
お湯にタオルをつける際に、中腰になっていた。マントがあるから、剣を隠し持つのは簡単だろう。
だけど直後、部長さんにマントも鎧もはぎ取られていた。剣を隠していたら、そのときにバレているはずだ。それに中町さんは、この場から動いていない。
この場に来て立ち去っているのは、斧を持って下手側に行った親友役の演劇部員だ。
だけど、彼は布をひっかけたような露出の高い格好だったから、服の中に剣を隠すことはできないし、剣を持ち去るつもりなら、わざわざ俺たちに話しかけて注目を浴びるなんてことはしないだろう。立ち去るときも、斧しか持っていないように見えた。
「武器が消えたっていうとさ。よく推理小説で、凶器が氷でできていて、溶けてなくなるってあるよな」
ミッチーがそう言うと、部長さんは目を細めて薄く笑う。
「剣が氷で出来ていれば、とっくにライトで溶けているし、殺陣のシーンで割れただろう」
「そういう目で見ないでくれます? 言ってみただけです。氷で出来てるなんて思ってませんよ」
ミッチーは恥ずかしそうに部長さんにかみついた。
「いや、いい線いってると思う」
蒼治郎は、きっとぬるくなっているだろう、お湯の入ったたらいを見て言った。
「ああ、そうか」
俺は閃いた。
俺は推理小説が大好きで、実は結構、読み込んでいるのだ。
「部長さんは中町さんから剣を預かって、袖まで運びましたよね」
部長さんはうなずく。
「舞台で使っていた剣と、俺がここで見た剣は、別のものだったんだ」
そう言うと、ミッチーはポンと手を打った。
「そうか、部長が剣をすり替えていたのか」
周りから、小さな感嘆の声が聞こえた気がした。
「パッと見は分からなかったけど、そこに置かれた剣はすごく柔らかいもので出来ていて、剣の前に立った時に、俺たちから見えないようにクシャリと剣を丸めて捨てたのかもしれない。もしくは、それこそ氷で出来ていて、そこのたらいのお湯の中に入れて溶かしたのかもしれない」
「ばかな。私が剣を隠すなら、袖に入った時に持ち去った方が効率的だろう。なぜわざわざ武器置きに偽物の剣を置くなんて、面倒なことをするんだ」
部長さん眉を上げた。腕を組んで、よく磨かれた爪の先でトントンと腕を叩いている。
「中町さんが部長さんに剣を預けるところを、たくさんの人が見ていました。だから、一度は武器置きに剣があることを、誰かに目撃させる必要があった。剣が定位置に戻されているのを俺しか見ていなかったのは、部長さんにとって想定外だったんです」
「なるほど。道理は通っているな。それで、動機は? 私は演劇部の部長で、舞台監督なんだぞ。自分の舞台を潰したい監督なんていない」
「動機はわかりません。部長さんには今日会ったばかりなので。でも、たとえば、主演の中町さんに恨みがあるとか」
「恨みも不満も、両手の指では足りないほどある」
部長さんは中町さんに、ジトッとした視線を送った。中町さんは「冗談きついなあ」と笑い飛ばす。
「部長たち、なにやってんだよ。本番まであと十分だぞ」
反対の袖から声が飛んできた。そういえば、幕の向こう側にある客席がざわざわとしていた。
「ひえっ」
幕を少しめくって覗いてみると、体育館に置かれたパイプ椅子は満席だった。
「部長、もう剣を探している時間はないようだね。演出を変えるしかないよ」
中町さんが肩をすくめた。
「中町がうるさいから、アクションシーンを相当削ったんだ。意味のある戦闘シーンしか残していないんだぞ。どう削れというんだ」
部長さんは苦悩の表情で、台本で額をポンポンと叩いた。
「それを考えるのが監督の仕事でしょ」
「……あと十分で、どうにかするしかないな」
部長さんは眉間に深いシワを刻みながら台本を広げた。
丸めていたからってだけじゃなくて、台本を相当使い込んだようでボロボロだった。様々な色で、文字やラインが入っている。それを見るだけで、部長さんの情熱が伝わってくるようだった。
何度も練り直して出来上がった台本なんだろう。こんな土壇場で変更するのは無念なはずだ。
俺の言った、ダミーを作る方法で、剣を消すことは可能だろう。だけど、部長さんは犯人ではない気がする。
剣を隠した犯人さえわかれば、すぐに剣を取り戻せるのに。
……諦めるしかないのか。
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