二話 剣を失ったスパルタカス 8

「あれ、ないな」

 そんなことを言いながら、スパルタカスの親友役がウロウロしている。さっきの鎧を脱いでいて、布をひっかけただけのような半裸の格好になっている。それが反乱を起こす前の奴隷の衣装なのだろう。

「中町、剣をどこに置いたんだ?」

「そこにあるだろ」

 タオルを肩にかけた中町さんが答える。

「ないから言ってるんだ。さっきの殺陣で斧の色が取れたんで、スプレーしようと思って取りに来たんだけど、剣がないから気になってさ。あと二十分で本番なんだから、戻しておけよな」

 そう言った親友さんは、斧を持って下手側に行ってしまった。みんなの視線が武器置き場に集まる。そこには二十本ほどの槍しかなかった。

「部長、剣は?」

「斧と一緒にそこに置いたよ。見ただろ?」

「見てない」

「やめてくれ。私がなくしたみたいじゃないか」

 中町さんと部長さんが険悪な感じになってきた。

「あの、俺、見ました。剣も斧も、そこの武器置き場にありましたよ」

 俺がそう言うと、「そうだよな!」と部長さんが俺の手を握った。綺麗な人なのでドキマギしてしまう。

「ほら、私はちゃんとそこに置いた」

「そうかな。彼の見間違いじゃない?」

 あれ、俺まで疑われてしまった。

「あったよね?」

 俺は見回しながら尋ねるも、一年組は誰も見ていなかった。なんでだよ。

「そういえば、お兄ちゃんのマントが広がっていて、その辺りはあまり見えなかったのかも」

「確かに」

 遥ちゃんの言葉にミッチーがうなずいた。

「そんなことより、剣を探さなければ」

 部長さんがあわてて周囲を見回している。

「剣の予備は?」

 蒼治郎の問いかけに、部長さんは中町さんを睨みながら答える。

「あったのだが、昨日の稽古で中町が壊してしまったんだ。寸止めをしろって言ってるのに当てるから」

「人生も殺陣も、上手くいかないものなんだよ」

 あははと中町さんは笑う。まったく気にしていないようだ。

「お兄ちゃん、笑ってる場合じゃないでしょ! 早く剣を探さなきゃ」

 遥ちゃんがキッと眉を吊り上げた。

「まあまあ。殺陣のシーンを減らせば何とかなるでしょ。槍だったらいくらでもあるし、俺も群衆と同じ感じでいいよ」

「主演が群衆と一緒でどうするっ!」

 部長さんがキレた。

「とにかく、探そう。さっきまであったんだから、みんなで探せば見つかるよ」

 俺は胸にあるスマホで時間を確認した。本番まで、あと十五分を切っている。

「闇雲に探すより、考えた方が早いんじゃないか?」

 蒼治郎は落ち着いた声で提案した。

「整理して考えてみよう」

 蒼治郎はそう言って腕を組んだ。

「稽古で使っていた剣を、部長が武器置き場に置いた」

「そうだ」

 部長さんはうなずいた。

「僕たちが舞台袖に来たのは、部長が舞台袖に入って一分くらいだろう。その段階で、昴は剣を見た」

「そう、そこにちゃんとあった。槍や斧と一緒に」

 俺は、今は槍しかない武器置き場を指さした。

「その時にこの場に居たのは、遥のお兄さんと、ミッチー、遥、昴、僕の五人」

「あれ、部長さんは?」

 尋ねると、蒼治郎は「待て」と言うように手の平を俺に向けた。

「このあと、ミッチーがやかんを置きに体育館の外に出る。それから、部長がやってきた。十分ほどしてミッチーが戻り、斧を取りに来た親友役の人が、剣がないことを僕たちに告げて、斧を持って立ち去った」

「ということは、剣を持ち去ることができる人物は一人しかいないじゃないか」

 中町さんはそう言いながら、ミッチーを見る。自然とみんなの視線もそこに集まった。

「えっ、オレ?」

 ミッチーは慌てた。俺は腕を組んで、うんうんとうなずいてみせる。

「ミッチー以外この場から動いてないからね。剣は六十センチくらいあったし、俺たちには隠しようもないよ」

「いやいやいや! なんでだよ、やかんしか持って出なかっただろ」

「服の中に剣を隠したのかもしれない」

「無茶言うな。だいたい剣なんか持ち去って、オレになんのメリットがあるんだよ」

「この演劇部は有名らしいから、オークションとかで剣が売れると考えたのかもしれない。ミッチーには前科もあるしね」

「昴って、可愛い顔してるくせに容赦ねえな……」

 ミッチーが悲しそうに肩を落としたので、俺はウソウソと言いながら背中を叩いた。もともと冗談だったけど、俺の顔の評価にムカついたので、強めに叩いておいた。

「そうなると、誰も剣を持ち去ることができないわ」

「剣がひとりでに消えるわけもあるまいし」

 遥ちゃんと部長さんも、ううむと唸っている。

 そう。消去法にすると、ミッチーしか残らないんだよな。

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