二話 剣を失ったスパルタカス 6

 俺たちは一階にある体育館にやってきた。教室棟とは別の建物で、渡り廊下で繋がっている。

 体育館はあらゆる窓に暗幕がかかっていた。メイン扉の前には入場待ちの列が出来ている。立て看板があり、“入場一時三十分、開演二時”と書いてあった。腕時計をつけていない俺は、胸ポケットに入っている、ストラップのついたスマホで時間を確認した。今は一時十分。入場まで、あと二十分だ。

「入ろう」

 俺たち四人は脇の扉から入った。体育館全体の照明は落とされていて、舞台の明かりだけが点いていた。

 舞台の中央には立派なマントと鎧の男性が立っていて、そのほか十人以上の人物が座っている。みんな煤けた鎧をつけているなか、立っている男性の鎧は見栄えがいい。顔立ちが整っていて体格もいいので、主役級の登場人物なのだろう。その人物が声を張る。

「俺がスパルタカスだ!」

 すると、別の人物が立ち上がった。

「違う。俺こそがスパルタカスだ」

「そういつは俺を庇っている。スパルタカスは俺だ!」

 座っている人たちは「俺がスパルタカスだ」と次々に立ち上がる。

「なんだこれ。みんなスパルタカスって名前なの? 親戚の集まりか」

「茶化しちゃだめよ。感動的な見どころのシーンなんだから」

 諭すようなに遥ちゃんに言われたけど、感動要素が見当たらない。

「奴隷軍はローマ軍に負けて、囚われてしまったの。だけど、ローマ軍は奴隷軍の指導者・スパルタカスの顔を知らなかった」

 だからローマ軍の将軍は、「スパルタカスを差し出せば、命だけは助けてやる」と奴隷たちに告げる。しかし、誰一人スパルタカスを裏切る者はいなかった。スパルタカスは名乗り出たが、他の奴隷たちも次々に立ち上がり、「自分こそがスパルタカスだ」と、スパルタカスを庇う。

「なるほど、確かに格好いいシーンだね。遥ちゃんは台本を読んだの?」

「うん。お兄ちゃんがセリフを覚える時に、本読みを手伝うことがあるから」

 話しているうちに、舞台は次のシーンに移っていた。

「スパルタカスと親友が決闘するシーンよ。もちろん、ローマ軍に強要されて、やむを得ず……」

 スパルタカスはロングソードを構えていた。相手はバトルアックスだ。

「そういえば、遥ちゃんのお兄ちゃんが主演なんだよね。スパルタカス役?」

「そう」

 遥ちゃんはうなずいた。似ているかと聞かれるとなんとも言えないが、容姿がいいのは共通だ。さすが兄妹。

 ふと思いついて、蒼治郎を見上げた。

「蒼治郎って、お姉さんか妹いる?」

「いない。僕一人だ」

「そっか」

 ものすごく残念だ。

 舞台では、アクションが続いていた。照明や音の最終チェックも兼ねているのだろう。剣と斧がぶつかるたびに効果音が響く。

「迫力があるね」

 ここの殺陣シーンも見せ場のひとつなのだろう。剣闘士の二人はまるで演舞のように息の合った剣さばきを見せる。特にスパルタカスは長いマントが翻って格好良かった。

 そういえば、親友同士の戦いだと言っていた。台詞はなくても、表情や息遣いからお互いに争いたくないという思いが伝わってくる。剣をさばきながら芝居するなんて、役者って凄い。

 それにしても、殺陣が激しすぎる気がする。

 通常、寸止めで武器同士が接触することはあまりないと思うのだけど、容赦なく当てている。その鈍い音が、効果音とは別にここまで届くほどだ。

「うわっ、痛そう」

 スパルタカスの剣が、親友の腹を思い切り斬りつけた。ちゃんと痛くないようにしているのだろうけど。

「カット!」

 女性の声が殺陣を止めた。

 その途端、親友役の人は腹を押さえて呻いた。

 げっ、バッチリ痛いのか。

 芝居を止めた女生徒は、体育館に並べたパイプ椅子の最前列の客席から立ち上がった。そしてスカートとウェーブのかかった栗色の髪を翻して、ひらりと舞台に上がる。

 部長さんだ。


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