二話 剣を失ったスパルタカス 4

 幸子ちゃんが丸椅子に座ってから、十五分ほどしか経っていない。あっという間に変身してしまった。本当に魔法みたいだ。

「あっ、あと十分で開場だぞ。幸子、五分で着替えろよ」

 ミッチーは幸子ちゃんを急かした。

「私のメイクより気合入ってない?」

 クラスの女子が、不服そうにミッチーに文句を言った。

「そんなことねえよ、個性に合わせてるんだって。じゃあ今度、別の方法でメイクしてやろうか?」

「やった! 約束だからね」

「じゃあ私も!」

 ミッチーは女子たちに囲まれてしまった。

「模擬喫茶より『ミッチーのメイク講座』をやったほうが、儲かるんじゃないのかな」

「それはいい案ね」

 俺の呟きに、隣に並んだ遥ちゃんが賛同した。

「遥ちゃん、着替えたんだね」

「うん。ちょっと恥ずかしい」

 遥ちゃんは照れたように笑った。

 黒い半袖の膝上ワンピースに白いエプロン、頭にはヘッドドレスをつけている。ペティコートをはいているのだろう、スカートはふんわりと広がっていた。

 そして大事なのは、白いニーハイソックスとスカートの隙間に見える、白い太ももだった。

 いわゆる“絶対領域”。

 見えすぎず、見えなすぎない、チラリズムのバランスが絶妙だった。衣装は幸子ちゃんが型紙から作ったという。

 俺は声を大にして言いたい。

 幸子ちゃん、グッジョブ!

「すごく似合ってるよ」

 本当はミッチーのように「可愛いよ」とさらっと言えたらいいのだけど、俺にはハードルが高い。

「ありがとう」

 遥ちゃんは頬を赤らめた。

「僕は呼び込み担当だと言われているが、どうすればいいのだろうか」

 蒼治郎が、女の子に囲まれているミッチーに話しかけた。バトラー服の蒼治郎は、制服姿よりも、より一層男っぷりを増しているように見えた。

 黒い燕尾服にベスト、ネクタイ、白い手袋。オーダーメイドなだけあって、長身で引き締まった蒼治郎の身体にピッタリと合っていた。

 幸子ちゃんが、実際にバトラーが着ている服というよりも、シルエット重視でデザインとしたと言っていただけあって、男の俺でも見とれるくらい蒼治郎は格好良かった。さっきからクラスの女子がチラチラと蒼治郎を見ていたし、ミッチーと話していた女子たちも、間近で蒼治郎を見て無言になった。心なしか、目がハート型になっている。

「あれ、まだ言ってなかったか。ヤバッ、もう五分前じゃん。蒼治郎はこれを持って。おい幸子、早くしろっ」

 ミッチーは蒼治郎にクラスのPR看板を持たせて、呼ばれて慌てて更衣スペースのカーテンから飛び出してきた幸子ちゃんにはチラシを渡した。

 因みに幸子ちゃんのメイド服は、足首まであるロングのワンピースだった。清楚なイメージで、これはこれでいい。どうやら、メイドもバトラーも、着る人の個性に合わせて、形が全て違うようだ。凝っている。……幸子ちゃんは、自分の服の露出度を減らしたかっただけかもしれないけど。

「二人はこれを持って外に出る。そして三階のこの教室まで、客に足を運んでもらうのが使命だからな」

 二人は無言でうなずいた。

「写真を撮らせてくれと言われるはずだ。だが絶対に撮らせるな!」

 ミッチーはビシリと指を立てた。あまりに強調するので、二人はなぜだろうという顔をしている。

「二人とも口下手なのは知っている。もし写真を撮りたいと言われたら、チラシのこの部分を見せればいい」

 ミッチーは幸子ちゃんの手から一枚チラシを抜いて、一部分を指さした。俺も覗いてみる。

“来店特典として、好きなメイドやバトラーと一緒に撮影できるクーポン券がもらえるよ。※無断の撮影は禁じます”

 二人は得心した表情だ。遥ちゃんも感心したようにチラシを見ている。

「お金を落とさない人に、撮影権はないということね」

「減るものじゃないのに、ケチくさいですな」

 俺もうなずいた。

「商売上手と言ってくれ」

 ミッチーは胸を張った。

「あっ、蒼治郎、待って」

 看板を持って遥ちゃんと教室を出ようとしていた蒼治郎を、ミッチーは呼びとめた。

「ちょっとだけ、髪いじらせて」

 蒼治郎は少々眉をしかめた。

「そんな顏すんなよ。前髪が長いから、上げるだけだって」

 ミッチーはワックスを手の平で伸ばして、蒼治郎の前髪を上げながらなでつけた。

「ちょい下向いて」

 二人には六センチの身長差があるので、ミッチーは若干背伸びをしながら作業をしていた。蒼治郎は大人しく首を曲げる。

 蒼治郎の髪にコームを通して、スプレーで固める。あっという間にホテルマンのような髪型になった。ますますバトラーっぽい。大人っぽくて、「実は成人しています」と言われたら信じてしまいそうだ。

「よし、男前だ。いってら!」

「いってきます」

 二人が出て行くのを見送ると、ミッチーは手を叩いた。

「みんな、開場されるぞ。今日一日頑張ろうな!」

「おう!」「頑張ろうね」とクラスメイト達が返事をする。

 その後、呼び込み係の効果なのか、すぐに行列ができるほど模擬喫茶は混雑した。調理をしたり、ごみを片づけたりするのが主な仕事の俺は、雑談をする余裕もなく、汗をかきながら、ひたすら仕事をこなした。

 ……文化祭って、こんなに大変だったっけ。 

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