二話 剣を失ったスパルタカス 2

「人気のアトラクションってなに?」

 俺は本気になりかけた妄想を振り払って、遥ちゃんに尋ねた。

「えっと、たとえばね」

 遥ちゃんは考えるように空を見上げて、人差し指をぷるんとした唇にのせた。

「チアリーディング部の演技とか、水泳部のプールでのシンクロ公演とか、書道部の大書パフォーマンスとか」

 確かに、どれも面白そうだ。部活動は文化祭がお披露目の場になるから、力が入るのだろう。

「一番人気は、全国大会常連の演劇部なんだよ」

 演劇部と聞いて、ドキリとする。

「聞いた話によると、大会では“大会受け”する台本とか演出が必要だから、毎年、大会対策のオジリナルシナリオで出場してるんだって。だけど文化祭では縛りがないから、古典とか、逆に、砕けたアニメのパロディとか、自由な演目をするそうだよ。大会では出せない演出家の趣味がてんこ盛りで、引くレベルだって言ってた」

 なんだか、内輪っぽいコメントだな。

「三年生が抜けて、二年生主導になるお披露目公演という意味合いもあるから、文化祭の舞台は、みんな張り切っているみたい。文化祭の二日間しか見られない公演だから、高校演劇マニアとかが、それこそ全国から演劇部のためだけに、『桜高祭』にいっぱい来るそうだしね」

 そんなに人気と聞いては、演劇部の公演を見たくなってしまう。満席だろうけど、在校生特権で、どうにかならないだろうか。

「あっ、こんなところにいた。あと三十分で入場なんだぞ。二人とも、早く着替えて!」

 ハスキーな声を張り上げながら教室から出てきたのは、文化祭実行委員である、ミッチーこと有馬道隆だ。

 一年B組は模擬喫茶を行う。接客や呼び込みなど、多くの人の目に触れる役割の人は、男子はバトラー、女子はメイドの服を着ることになっていた。役割分担は、どうやらミッチーの審美眼基準で決められたようだった。

 そんなミッチーも、容姿がいい。はっきりとした一重のアーモンド形の瞳で、金髪に近い茶髪をふわっと遊ばせて固めていた。両耳にピアスをしていて一見チャラく見えるけど、クラスメイトに頼られているムードメーカーだった。

 そしてミッチーの身長は百七十七センチ。何かの雑誌に、女子に一番もてる身長は百七十センチ半ばだと書いてあった。ぐぬぬ。

「そういうミッチーだって、制服のままじゃないか。バトラーやるんでしょ」

 長身が妬ましくて、俺はちょっと尖った声を出してしまった。ミッチーは遥ちゃんと蒼治郎を「しっしっ」と犬にでもするように教室内に追いやっている。

「オレはまだいいの。女子たちのヘアメイクが残ってるからな。メインディッシュも……」

 そう言ったミッチーは、一点を見ながら言葉を止めた。ミッチーの視線を辿ると、教室の後ろのドアから、いかにも「抜き足差し足忍び足」という体で、背中を丸めた小さい女子が出てきた。俺のオアシス、クラスで一番小さい、百四十八センチの薄井幸子ちゃんだ。

「おい、幸子!」

 ミッチーの大声に、幸子ちゃんはまるで小動物のようにビクリと首を竦めて立ち止まった。俯いているので、目の半分まである長い前髪が、顔全体を隠してしまって表情が見えない。少しでも顔を隠したいという理由で、黒縁の伊達眼鏡をかけていた。

「どこに行くんだ? ん?」

 ミッチーは幸子ちゃんの前で屈み、顔を覗き込むようにして言った。幸子ちゃんはおさげを揺らして顔を反らす。

「あ、あの、トイ……」

「はあ? 聞こえないんですけど。もっと大きな声で」

 幸子ちゃんはデフォルトが極度の小声で、注意して聞かないと言葉が聞き取れない。

「と、トイレに」

「さっき行ったばっかりだろ、遥の監視付きで」

 監視ってなんだ。

「そのやりとり、いじめてるように見えるんだって。幼なじみで二人にとっては慣れてるんだろうけど、心臓に悪いよ。穏やかにやって」

 俺は注意した。今朝がた仲がいいことは理解したのだけど、正反対の関係に見えてしまう。

 するとミッチーは、困ったような表情を俺に向けた。

「聞いてよ昴! 目を離すと、幸子はすぐ逃げ出そうとするんだよ。オレが可愛くしてやるって言ってるのにさ」

「え、可愛がり? やっぱりいじめ? ミッチーひどいね」

「なんでそうなるんだよ!」

 ふふっ、いまのは冗談。

「言葉どおり、可愛くするの。ヘアメイクするって言っただろ」

 立ち上がったミッチーは、腰に手をあてて心外だという態度を取った。

「幸子の番だから、行くぞ」

「あ、あの、昴クン、たすけ……」

 幸子ちゃんがすがるような目を向けてきたけど、俺にはどうすることもできない。憐れ幸子ちゃんはミッチーに腕をとられ、引きずられて教室に入っていった。

「……おもしろそうだから、ついていくか」

 俺も二人の後を追うことにした。

 一年B組の教室は、紛う方なく喫茶店と化していた。机を四つ付けて長方形にしたテーブルは、おしゃれなテーブルクロスがかけられて花まで飾られていた。椅子もカバーがかけられて、一見、教室独特の木製椅子には見えない。

 壁も教室らしさを隠すためにカーテンがかけられている。天井からはハニカムボールが吊り下がり、カラフルなペーパーポンポンや風船が、あちらこちらにポイントとして飾られていた。

 教壇のある一角はパーティションで仕切られて、そこが調理場になっている。一部カーテンで仕切って、一人用の更衣スペースになっていた。

 そして、その近くで幸子ちゃんが丸椅子に座っていた。

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