一話 文化祭前夜の窃盗事件 15
「まあ、それは、ちょっと……」
ミッチーはうじうじしている。
「ここまでみんなに迷惑をかけたんだから、ちゃんと言う!」
「はいっ」
クラス委員長に尻を叩かれ、ミッチーは背筋を伸ばした。
「幸子が今、授業料滞納で、ピンチじゃん」
ミッチーはちらりと幸子ちゃんを見ながら、肩を落として言った。
「それは噂じゃなくて、本当なんだ」
「うん」
俺の言葉にうなずいたのは幸子ちゃんだ。蒼治郎に手を離されて、背中を丸めて立っている。
「幸子がさ、文化祭が終わったら転校するって言うんだよ。そんなの嫌じゃん」
「だからって、みんなのお金に手を付けなくても、他にいくらでも方法があるでしょ」
遥ちゃんはご立腹だ。
「でもさ、滞納の話を知ったの最近で、金を集める暇がなかったし。うちの親、金くれないしさ。なにかできないかって、居ても立っても居られなくて。さっきも言ったけど、模擬店は儲かるからいいかって、軽い持ちだったんだよ。本当にごめん」
ミッチーはまた頭を下げた。
「あの、あたしも」
幸子ちゃんはミッチーの隣に行って、頭を下げた。
「ごめんなさい。ミックンにお金は心配するなって言われたんだけど、こんなことをすると思わなくて……。あたしが疑われているようだから、あたしが犯人ってことで、いいと思ったの。あたしのせい、だし」
だから幸子ちゃんは逃げ出そうとしたのか。
それともうひとつ、気になる言葉があった。
「みっくん?」
幸子ちゃんってミッチーのこと、そんな呼び方してたっけ? というかこの二人って……。
「仲が悪いんじゃなかったの?」
俺は二人を指さして、ストレートに尋ねた。
「えっ、なんで?」
ミッチーは驚いている。
「いや、だって、幸が薄い薄井幸子って言ったり、眼鏡外せって強制したり」
てっきり、ミッチーは幸子ちゃんのことが嫌いなのかと思っていた。
「ああ、付き合い長いから、きつく言っちゃうんだよな。だってさ、姿勢直せって何度も言ってるのに猫背のままだし、伊達眼鏡も外さねえし」
「伊達なんだ」
幸子ちゃんはうなずいた。
「眼鏡があったほうが、少し顔が隠れて、安心するというか……」
幸子ちゃんの声がだんだん小さくなる。
「この二人、家が隣同士の幼なじみなのよ」
遥ちゃんが補足した。
「そうだったんだ」
人間関係なんて、表面だけ見てもわからないものだな。
「こいつ、素材はいいのに隠そうとするから、イライラすんの。まあでも、今日は模擬店で、こいつのヘアメイクする約束したんだ。大変身させてやるから、楽しみにしてろよ、幸子」
「あの、やっぱり、やめるよ。あたし、メイド服なんて、似合わない、し」
「やるって言ったじゃん」
「学校を辞めるから、最後にと、思って。でも、やっぱり、恥ずかしい……」
「約束だろ」
「……う、うん」
ミッチーに押し切られた幸子ちゃんは、困ったように眉を下げて、顔を真っ赤にした。
「ミッチー、ヘアメイクなんてできるの?」
「もちろん。俺の神テクニック、後で見せてやるからな」
Vサインをして、ニカッとミッチーは笑った。
「ところで、授業料のことだが」
蒼治郎の低い声が、俺たちを現実に引き戻した。
「学校に相談したか?」
幸子ちゃんは首を横に振った。
「どうにもならない、から」
「決めつけるな。それに、一人で抱え込まないこと。いくらでも方法はある」
「え……」
蒼治郎の言葉に、俯いていた幸子ちゃんが顔を上げた。
「まず学校に相談して、公的な制度を使うこと。奨学金や、支援金の制度だ。それから、割りのいいアルバイトも紹介できるが、どうする?」
「割りがいいって、時給三、四千円とかするような?」
蒼治郎は幸子ちゃんに尋ねているのに、俺はつい口を挟んでしまった。
「まあ、そうだな」
いかがわしいところか!
「昴、今なにを考えたのか口に出してみろ」
蒼治郎があきれた表情をする。
心を読まれてしまった。
「家庭教師だ。中学生に、高校受験の勉強を教えるバイト。この学校のブランドと幸子の学力なら、安心して知人に紹介できる」
「いい、の?」
「だめなら、初めから提案しない」
いつも厳つい表情をしているのに、蒼治郎は驚くほど柔らかい笑みを幸子ちゃんに向けた。気持ちが温かくなるような笑顔だ。
「バイト、やりたい。蒼治郎クン、ありがとう……」
幸子ちゃんは両手で顔を覆って泣いてしまった。
「よかったな、幸子」
ミッチーが幸子ちゃんの頭をぐりぐりとなでた。
「あとさ、家を売却するから引っ越すって言ってたじゃん。この学校通えるなら、高校卒業するまでオレの家に住めばいいよ」
「えっ、そんなのムリ、ムリだよ、絶対ムリ」
「なんでだよ。オレたちの親仲いいし。幸子小さいから、一人くらい増えたって邪魔にならないだろ」
「そんな、ペットじゃないんだから」
幸子ちゃんは大きな瞳から涙をこぼしながら、困ったように笑う。
「みんな、ありがとうね。あたし、もう学校に、いられないって、思っ……」
「無理してしゃべんなくていいよ」
遥ちゃんも涙ぐみながら、肩を震わせる幸子ちゃんの背中をさすってあげている。
なんだか、俺の目頭まで熱くなってきた。
このクラスに編入できて、よかった。
* * *
1つ目の事件、完結です!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。犯人、トリックは当たりましたでしょうか?
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