一話 文化祭前夜の窃盗事件 14

「犯人は、彼女じゃない」

「え……」

 意味がわからない。

 てっきり、幸子ちゃんだと思ったのに。

「幸子ちゃんじゃなければ、誰?」

 俺は蒼治郎と幸子ちゃんを交互に見た。

 まさか遥ちゃん? 全て自作自演だったのか。

 情報を整理したのだから、もうそれしかないじゃないか。

 でも、本当にそうなのだろうか。

 蒼治郎に真相が見えているのなら、俺だってわかるはずなのに。

 みんなが、みんなの様子を伺っているような時間が流れた。犯人を知っているはずの蒼治郎は固く口を閉ざしている。

「ああ、もう!」

 その沈黙を破ったのは、ミッチーだった。

「オレだよ、オレ! 遥に薬を盛ったのも、巾着を盗んだのも。こんなことになると思わなかったんだよ」

 ミッチーは元の席に、どっかと座った。

「金はなくなったけど、どうせ模擬喫茶で儲かるから良いよね、あはは、ってなると思ったの。オレの部屋にあるから、後で遥に巾着を返す。悪かった!」

 ミッチーは深く頭を下げた。

「え、でも、夜はずっと蒼治郎といたんでしょ。巾着を盗れないじゃないか」

 俺は混乱した。

「うん。だから、盗ったのは朝だよ」

「朝」

 俺はきっと、狐につままれているような顔をしているだろう。それは遥ちゃんも一緒だった。

「オレは夜、遥の部屋に忍び込むつもりだった。事前に窓の鍵を開けておいたのは、蒼治郎の言ったとおりだ。だけど、邪魔が入った」

 蒼治郎だ。

「しかも朝まで一緒にいることになったから、焦ったよ。睡眠薬がいつまで効くのか、正直わからなかったからな。食堂に下りてこない遥を迎えに行くフリをして、自分の部屋からベランダに出て、遥の部屋に入った。そして巾着を盗ったんだ」

「その時に、アリバイのある深夜の犯行に見せかけるために、電気をつけたんだな。ベランダから侵入したことを強調するように、窓も網戸もカーテンも開けておいた」

「そうだ」

 ミッチーは蒼治郎の言葉を肯定した。

「それがヒントになった」

「えっ、なんで?」

 ミッチーは心底わからないというように目を丸くしている。

「考えてみろ。夜、窓を開けて、電気を灯していたら、どうなる?」

「……えっと、どうなるの?」

 ミッチーは遥ちゃんを見た。

「虫が、入ってくる?」

「そうだ。灯りに誘われて、あのおぞましいものが何匹も入ってくるはずだ。そうでなくても、僕の部屋に二匹もいたのに」

 根に持ってる。

「でも夜行性の虫って、明るくなったら暗い所に隠れるでしょ?」

「この部屋には隠れるような暗所はそれほどないから、目につくところにいてもおかしくない。いや、むしろいないとおかしい。網戸まで開いていたんだから、大量に入るだろう。この辺りは緑が多いからな」

 遥ちゃんの言葉に、蒼治郎が答えた。

「そうなると、朝、単独行動をした人物が、巾着を盗ったことになる」

「俺も候補?」

 今朝、食堂に行ったのは、俺が一番最後だった。

「巾着に関しては、そうだな。でも僕は、睡眠薬と巾着が別人の行動とは思えなかったから、昴は排除してた。その昴が、朝は部屋の前のベランダを通る人影を見ていないと言ったから、幸子も排除。部屋の並びの都合で、幸子が遥の部屋に行くには、昴の部屋の前を通らざるを得ないからだ」

 俺が起きたのは、日の出からほとんど時間が経っていなかったし、食堂に行ったときには、既に幸子ちゃんはいた。朝、誰にも見られずに、幸子ちゃんが遥ちゃんの部屋に行くことはできなかったんだ。

「蒼治郎にはなんでもお見通しか。嫌だなあ」

 ミッチーは頭を抱えた。

「でもミッチーくんは食堂で、“新しいコップってないの?”って聞いてたでしょ。あの時、もし新しいコップに替えていたら、私にどのコップが来るか、わらなくなっちゃうんじゃない?」

 それなのに、なんでそんな発言をしたのかと遥ちゃんは尋ねた。ミッチーは胸を張って答える。

「もう予備がないと知っていたから!」

 みんなをだます気満々じゃないか。

「そうだ、ミッチー。遥のカクテルに、睡眠薬と一緒に酒も入れただろう」

 蒼治郎がミッチーを睨んだ。ミッチーはギクリとして視線を漂わせる。遥ちゃんはミッチーの前に立ちはだかった。

「あのカクテル、お酒が入ってたの?」

「うっ、は、はい。遥のだけ、ほんのちょっとだけど」

 遥ちゃんの迫力に、ミッチーはたじろぐ。

「睡眠薬だけじゃ弱いんじゃないかと心配になって、お酒を入れたんでしょ。アルコールと薬を一緒にのむと、効果が強くなるから」

「はい」

 もしかして、ミッチーがドアを蹴破ってまで遥ちゃんの部屋に入ろうとしたのは、睡眠薬が効きすぎたことによる体調不良を心配してのことだったのかもしれない。

「未成年の飲み物にお酒を入れるなんて、なにを考えてるの! それに、薬の効果が高まるということは、副作用も強くなるに決まってるでしょ! まだ頭が痛いんだからね! ミッチーくんの考えなし!」

「ごめん、ごめんて。もうしない、許して」

 ミッチーは遥ちゃんに責められて、平謝りをしている。

「そこまでして、どうしてお金が欲しかったの?」

 俺は動機について聞いた。みんなと同じく、ミッチーの家も裕福だろうのに。

「まあ、それは、ちょっと……」

 ミッチーはうじうじしている。

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