一話 文化祭前夜の窃盗事件 13

「ドアから入ったルートは、気にしなくていいのかな? だって、窓の鍵がたまたま開いていたなんて、犯人にとって都合がよすぎるよ」

 俺は顎をさすりながら言った。

 鍵は内側からしか閉められないシリンダー錠だ。外からは鍵がしめられないし、そもそも持ち歩ける鍵自体が存在しない。外出時は鍵を閉める方法はなく、オートロックでもない。この辺りが、ホテルの部屋と造りが違うところだ。

「窓から侵入したのは間違いないと思う。さっきドアを見たが、細工されたような跡はなかった。だから……」

 蒼治郎は言葉を切った。

「事前に、遥が泊まる部屋に忍び込んで、窓の鍵を開けておいたんだと思う。昴の言うとおり、偶然にしては出来すぎているからな」

 無人の部屋は鍵がかけられないため、誰でも出入りできる。文化祭準備期間は、合宿所のエントランスも解放されていた。

「遥ちゃんが泊まる部屋の窓の鍵を、事前に開けることができた人物が犯人」

 と俺が言うと、遥ちゃんは首を横に振った。

「その方面からは絞れないわ。昨日の早い段階から、みんなに部屋の番号を伝えていたでしょ」

 遥ちゃんは更に続ける。

「巾着の件は、夜一緒にいた二人を除く、三人が犯人候補になるのかな。私と、昴くんと、幸子ちゃん」

「もし、共犯は存在せずに、単独犯だとしたら……」

 俺はそこまで言って、言葉を止めた。

 睡眠薬を入れられたのは、ミッチー、遥ちゃん、幸子ちゃん。

 巾着を盗れたのは、俺、遥ちゃん、幸子ちゃん。

 両方重なる人物は、遥ちゃんと幸子ちゃんだ。

 遥ちゃんが犯人だと仮定して。

 自作自演をこのタイミングで行うメリットはなんだろう? 

 デメリットの方が多い気がする。授業の合間に「お金が無くなった」と言う方が、犯人候補が多く、自演だと疑われにくいからだ。第一、自作自演なら睡眠薬をのむ必要があるのだろうか。被害者として容疑から抜けるためだろうか。

 幸子ちゃんの場合はどうだろう。

 教室で盗むより、合宿所で盗む方がリスクが低そうだ。周囲の人数が少ない分、犯行を目撃される可能性が低いし、遥ちゃんが無防備に寝ている時間を狙えるからだ。それに……。

 幸子ちゃんには、動機がある。

 親の会社が倒産して、授業料も払えない状態だと聞いた。今すぐ、お金が必要に違いない。

 いや……でも……。

「……」

 長い沈黙だった。

 みんなの頭に犯人として浮かんでいるのは、きっと同じ人物の顔だろう。

 しかし、それを口にするのは憚られた。

「もういいじゃん。犯人探しとか、やめようぜ。とりあえずみんなで金出して、文化祭で模擬喫茶やれば、売り上げから返せるからさ」

「それがいいかも。大事にしたくないし」

 文化祭実行委員の二人が、最後の詰めを避けた。なあなあにしたいようだ。

 俺もそれでいい気がする。ここまでするには、よほどの事情があったんだろう。

 幸子ちゃんを見ると、膝の上でスカートを握って、唇を震わせていた。長い前髪に隠れて表情は見えない。

 幸子ちゃんは突然立ち上がって、頭を下げた。

「ごめんなさいっ」

 今まで聞いた中で、一番大きな声だった。

「お金は、巾着と一緒に後でちゃんと返します。今は一人にさせてください」

 幸子ちゃんは部屋を出て行こうとした。

「おい、待てよ幸子」

 ミッチーは驚いた顔をして立ち上がった。遥ちゃんは眉を下げて口元を両手で覆っている。

 やっぱり巾着を盗んだのは、幸子ちゃんだったのか。

 俺は複雑な気持ちで、幸子ちゃんの小さな背中を見た。

「待て」

 部屋を去りかけた幸子ちゃんの手首を、蒼治郎が掴んだ。

「お、お願い。離して」

「蒼治郎、行かせてやりなよ」

 幸子ちゃんを援護したのは俺だ。

 身元ははっきりしているし、逃げ切れるわけじゃない。今は、この場に居づらいのだろう。そっとしてあげればいいのに、蒼治郎も意地が悪い。

「そうじゃない」

 幸子ちゃんの手を掴んだまま、蒼治郎は俺たちを見た。

「やめて、蒼治郎クン」

 もがく幸子ちゃんに視線を落とし、再び俺たちを見回して、蒼治郎は口を開いた。

「犯人は、彼女じゃない」

「え……」

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