一話 文化祭前夜の窃盗事件 12

「話し疲れた。二つ目の進行は、誰かやってくれ」

 そう言った蒼治郎は、ベッドの空いているスペースに座った。ベッドがきしんで小さく音を立てる。

 立っているのは俺だけになってしまった。

「次に行くの? 睡眠薬の件、三人から絞らないの?」

 俺が尋ねると、蒼治郎は「今のところ、これ以上絞れない」と答えた。

「じゃあ、どうしよっか。巾着を盗ったってやつだけど」

 俺の後に、誰も言葉を続けない。こちらが本命の項目だ。慎重にもなるだろう。

「もう、犯人はカラスでした、でいいんじゃね?」

 ミッチーは椅子の背に両腕を乗せて、表情を曇らせている。話し合いに乗り気ではないようだ。

「私、気になるんだけど」

 遥ちゃんが軽く手を挙げた。

「私、ちゃんと電気を消して寝たの。明るいと寝られないから。なのに、電気がついてる。あと、さっきも言ったけど、窓は開けてない。お金を預かってるんだもの、そんな不用心なことしないわ」

「窓の鍵もかけた?」

「それは……」

 蒼治郎の言葉に、遥ちゃんは俯いた。

「ごめんなさい、確認しなかった。窓が閉まっていたから、鍵も閉まっているものと思い込んじゃったの。それに昨日は食堂にいるときからすごく眠くて、部屋に戻ってすぐに寝ちゃったから。あまり考えたりする余裕がなかった」

 確かに、昨夜の遥ちゃんはすごく眠たそうだった。自作自演だとしたら演技だということになるが、名演技だ。

「巾着を持ち去った人物は、窓を開けて、電気を点けているってことだな」

「ということは、ベランダから入って、巾着を取るときに電気を点けた。つまり、巾着を取ったのは夜だ。窓の鍵は元々開いていたのかな? 割られたりしてないしね」

 ミッチーの言葉を、俺が引き継いだ。

「夜じゃ、みんな寝てたでしょ。アリバイなしってことだね」

 俺はミステリーでよく使われる言葉を使ってみた。ちょっとドキドキした。

「オレたちはアリバイがあるぜ。な、蒼治郎」

「ああ」

 ミッチーに促されて、蒼治郎は頷いた。

「そういえば、二人はトランプをしてたんだっけ」

 俺はムムッと口を窄めて、顎に手を当ててみた。

 男二人で夜中にトランプなんて、おかしいと思ったんだ。もしや、アリバイ作りってやつか。

 俺は探偵気分になってきた。

「オレが寝ようとしてたら、蒼治郎が、虫がいるから避難させろって押しかけてきたんだ」

「どんな虫?」

 俺は首を捻った。室内に、逃げたくなるほど恐ろしい虫がいるのか。巨大なムカデか、はたまた、ゴキブリの集団でもいたのだろうか。

「思い出すのも、おぞましい」

 蒼治郎は両腕を抱いて、身震いした。

「コガネムシが、二匹も、ベッドにいたんだ」

 なんて?

 俺は自分の耳を疑った。

「コガネムシって、あの緑の光沢……」

「言わなくていいっ」

 蒼治郎が俺の言葉を遮った。

「もしかして、虫が苦手?」

 コクリと蒼治郎はうなずいた。

「声を我慢できたのは、我ながら上出来だったと思う。深夜だったからな」

 誇らしげに蒼治郎は言った。

 ……蒼治郎って、残念なイケメンだったんだな。

「虫を外に出しても、もうあの部屋に戻りたくないって言うんだ。なら部屋を交換してやるって言ったのに、また出る気がするから、一人になりたくないってさ。ベッドはひとつしかないし、仕方がないから、日が昇るまでゲームしてた」

 ミッチー、災難だったな。

「ということで、オレと蒼治郎は、今朝食堂に行くまでずっと一緒だった。巾着を盗むことは不可能だ。オレたちが共犯でないかぎり、だな」

「蒼治郎くんはいつミッチーくんの部屋に行ったの? つまり、合流する前にどれくらいフリータイムがあったのかなって」

 遥ちゃんはアリバイを主張する二人に視線を向けた。蒼治郎が口を開く。

「みんなと別れて部屋に入って、すぐにベッドの上のアレに気づいた。その足でミッチーの部屋に行った」

 なるほど。それなら蒼治郎もミッチーも、単独で遥ちゃんの部屋に行く時間はなさそうだ。完璧なアリバイだな。

「他に、夜の行動を説明できる人、いる?」

 確認のため聞いてみたけど、誰も答えなかった。そりゃそうだ、普通は寝てる。

「二人とも起きていたんなら、誰かがベランダを通ったら気づく?」

 俺が尋ねると、蒼治郎はうなずいた。

「通っていればな。だが部屋割りを思い出してほしい。左から、僕、ミッチー、遥、昴、幸子の順番だ。遥の部屋に行くのに、僕たちがいる部屋を通る必要はない」

 そうか。ここで誰も通っていないことが証明されたら、犯人は俺たち以外の誰かってことになるのに。別のクラスメイトならいいって訳じゃないけども。

「朝なら俺、誰もベランダを通らなかったって言えるんだけどな」

 日の出直後の五時半に起きて勉強していたことを伝えた。その間は窓の外の景色が見えていたから、誰かが通れば、さすがに気づく。

「なるほど」

 蒼治郎は考える仕草をした。

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