一話 文化祭前夜の窃盗事件 11

「どうすんだよ。身体検査とか、各部屋の家探しとかするのか?」

 ミッチーが自棄気味に言った。

「そんなことしたくない。でもこれって、先生だけじゃなく、警察に連絡した方がいいくらいの話だよね? そんなことしたら、みんなで頑張ってきた文化祭ができなくなっちゃうかもしれない」

 遥ちゃんが沈んだ声で言った。

「……私のお金から出しちゃおうかな。でも、領収書は……どうしよう……」

「そうだな。今日買うはずだった食材の金は、一旦オレらで立て替えようか。どうせ、すっげえ黒字になるって。うちのクラスって顔面偏差値高いから、客がバンバン来るはずだ」

 遥ちゃんの提案を、ミッチーは後押しした。

「いや、金を返却させるべきだろう」

 蒼治郎が良く通る低い声で言った。こういう時の蒼治郎の声は、言葉が直接、身体に響いてくるように感じる。

「今なら僕たちは目をつぶる。名乗り出てくれないか」

 蒼治郎がゆっくりと俺たちを見回した。

 でも、反応はなかった。

 気まずい沈黙が降りる。

「どうやら、名乗り出るつもりはないようだ。なら、整理していこうか」

 蒼治郎はクロスさせていた長い足を組み替えた。いちいちポーズが様になって憎らしい。長身って得だな。

「犯人の行動を二つに分けて考える。一つ目は睡眠薬を遥にのませること、二つ目は巾着を奪うこと」

 蒼治郎は指を二本立てた。

「一つ目からいこう。誰が遥に睡眠薬をのませることができたのか」

「予備知識として質問なんだけど、睡眠薬って、誰でも手に入るものなの?」

 俺は口を挟んだ。

 蒼治郎と遥ちゃんは医者の家庭なので、いくらでも薬を入手できるだろう。二人を疑うつもりはないけど、そういうところから犯人がわかるんじゃないかと思ったのだ。

「結論から言うと、イエスだ。ジフェンヒドラミンという成分の薬が、市販薬として流通している。ただしこれは睡眠導入剤で、かなり効果は弱い。もっと効き目の強い睡眠薬を手に入れたいなら、医療機関にかかるしかない。そして、ハルシオンやデパス、レンドルミンあたりなら、簡単に処方されるだろう」

「睡眠薬は、誰にでも入手できるんだね」

 俺が確認すると、蒼治郎はうなずいた。

「私、打ち上げの後半に急に眠たくなったの。我慢できるレベルじゃなかった。言われてみたら、睡眠薬のせいだったのかもしれない。だとしたら、その一時間前あたりに薬をのんでいると思うわ」

 ベッドの際に腰かけている遥ちゃんが発言した。いつの間にか幸子ちゃんもベッドに腰を下ろしている。部屋が狭いので、全員が立っていると窮屈なのだ。

 昨日の打ち上げは約一時間だった。打ち上げの初めに配られたものといえば、ひとつしかない。

「ミッチーの作ったカクテルに、薬が入っていたってこと?」

 俺が聞くと、「そうだろうな」と蒼治郎がうなずいた。

「紙コップにはそれぞれ名前が書いてあったから、遥のコップだけに睡眠薬を入れることは簡単だ。食べ物はスナック菓子だったから、そちらから遥だけを狙うのは難しいだろう」

「待てよ、教室でも使っていたコップなんだからさ、教室から食堂に運ぶときに、誰かが睡眠薬を入れていたかもしれないじゃん」

 ミッチーが蒼治郎に抗議すると、「あ、あの」と幸子ちゃんが控えめに身を乗り出した。

「あたし、カクテルを注ぐ直前に、コップを洗ったから……」

「睡眠薬が入っていたとしても流れちゃうってことか。そうだ、オレが頼んだんだったな」

 ミッチーは舌を出した。背景に「テヘペロ」と書きこんでやりたくなる表情だ。

「じゃあ、オレしか薬入れられないじゃん。オレじゃねえよう」

 ミッチーが椅子に腰かけて、駄々をこねるように足をばたつかせた。

「まだ絞りきれない」

「ん?」

 ミッチーは蒼治郎の顔を見上げた。

「ミッチーがカクテルを作り、それを幸子がカウンターに置き、遥がテーブルまで運んだ。カクテルを飲むまでに三人の手を経由している。つまり、三人には睡眠薬を入れるチャンスがあった」

「三人? 俺と蒼治郎は、犯人候補から除外?」

「だと、僕は思う。みんなはどう考える?」

 蒼治郎は三人を促した。

「私は被害者なのに、外れないの?」

「自作自演という可能性がある。そもそも遥が自分で睡眠薬をのむなら、いつでものめるが」

「私じゃないよう」

 遥ちゃんは目をギュッと瞑って、パタパタと足を揺らした。ミッチーの真似のようだけど、比べるまでもなく遥ちゃんの方が可愛かった。

「話し疲れた。二つ目の進行は、誰かやってくれ」

 そう言った蒼治郎は、ベッドの空いているスペースに座った。

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