一話 文化祭前夜の窃盗事件 10
「遥は、誰かに睡眠薬をのまされたんだろう。だから目覚めなかったんだ」
「……え?」
俺たちは動揺して、お互いの顔を見合わせた。
みんなの頭の中には同じ疑問が浮かんでいるだろう。
誰が、どうして、そんなことを?
「なにか変わったことはないか?」
蒼治郎の言葉を反芻するかのように目を細めた遥ちゃんは、はっとして胸元に手を当てた。そして、目に見えて真っ青になる。
「ない」
遥ちゃんは首元を擦ったあと、寝間着の襟を持ち上げて中を覗き込んだ。更にベッドの上で立ち上がり、掛け布団と枕を持ち上げた。
「ないわ。預かっていた、文化祭のための費用がない」
俺は言葉が出なかった。昨日聞いた時に、お金は五万円ほどあると言っていた。大金だ。
「最後に巾着の存在を確認したのは、いつだ?」
「寝る前よ。ちゃんと首から下げているのを確認してから、ベッドに入ったから」
蒼治郎の言葉に、泣き出しそうに瞳を揺らしている遥ちゃんが答えた。
「だとしたら、盗まれたんだ。そのために犯人が遥に睡眠薬をのませたんだろう。もし金を盗んだ者と薬をのませた者が別だとしたら、共犯だと考えるのが妥当だ」
立ち上がった蒼治郎が淡々と言う。そして、部屋を見回し始めた。俺もつられて部屋を眺める。
部屋の作りは俺の部屋と同じだった。六畳くらいで、ベッドと机がある。荷物は鞄がひとつ白い床に置いてあるだけで、制服はハンガーで壁に吊るしていた。わかりやすい犯行声明のようないたずら書きもなければ、汚れやごみすらもない。
気になるのは、夜暗いと眠れないのだろうか、部屋の蛍光灯が煌々と灯っている。
「もしかして、俺が入った時の窓の開き具合とか、再現した方がいい?」
蒼治郎が部屋を観察しているようなので、俺は提案してみた。
窓辺に移動して、全開にしていた窓を半分閉める。
「網戸を閉めないのか?」
「え?」
蒼治郎に言われて、ハッとした。
「網戸も窓と同じ、半分開いてた。カーテンも半分」
いくら暑いからといって、カーテンや網戸まで開けるだろうか。
「私、窓なんて開けてない」
遥ちゃんはベッドの上で膝を抱え、怯えるように布団を身体に巻きつけている。
「犯人は、窓から入ったってことか」
俺は窓の外を覗いてみた。大きな窓からベランダに出られるようになっていて、そのベランダは二階の全て部屋と繋がっている。だから俺は、この部屋に簡単に入れたんだ。
「この造りじゃ、宿泊所に泊まっている人、誰でも入れるね」
「いや、盗ったのは、ここにいる五人の誰かだろう」
蒼治郎が俺の言葉を否定した。
「なんでだよ」
俺は頭一つ高い位置にある蒼治郎を睨んだ。クラスの金を盗むような奴が、俺たちの中にいるとは思えなかった。
「遥がクラスの金を持っていることを、誰が知っていると思う?」
蒼治郎は壁際に移動して寄りかかり、腕を組んだ。
「遥は文化祭実行委員なんだ。みんな知ってるだろ。うちのクラス外の奴だって」
ミッチーも表情を曇らせている。仲間意識の強いミッチーは特に、この五人を疑いたくないはずだ。
「そういうことにしてもいい。じゃあ、金の入った巾着を首から下げていることを知っている人物は?」
「クラスメイトなら、だいたい……」
幸子ちゃんが小声で発言した。
「そうだ。そんなところに隠し持っているなんて、普通は思わない。部屋は荒らされた形跡がないから、ピンポイントで巾着を持ち去ったんだろう。そのことを知っている一年B組で、昨夜合宿所に泊まったのは、僕たちだけだ」
「……」
蒼治郎の言う通りだった。俺たちは黙った。
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